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西尾さんは楽しそうにブランコを漕いでいた。時おりふわりと捲れそうになるスカートにどきまぎしながら、彼女の話に耳を傾けた。
西尾さんの話は単純明快だった。あの家にはもう篠田一家は住んでいないということ。そして、篠田一家は二年前に引っ越してきたが、あまり近所付き合いをする方ではなく、どんな人たちが住んでいたのか分からないということだった。
「よくそんな情報を掴んだね」
童心に返ったようにブランコを漕いでいる幹人を横目に僕はそう言った。
「何もそんなにむずかしいことはしていないわよ。ただ、あの同じクラスの情報屋と近所の人にちょっと話を聴いただけ」
そう言って、西尾さんは耳に髪の毛をかける。
「なるほどね。じゃあ、あそこにはもう何の手がかりもないってわけか。それにしても、今は住んでいないって言ったけどまた引っ越したということ?」
「それはちょっと違うかもしれない。あくまでも近所の人のうわさだけど、夜逃げをしたらしいって」
「夜逃げ!?」
その声は住宅街に溶け込む公園の空気に反響していった。
「ちょっと」
僕もあわてて自分の口を押えた。いやいや、だって、夜逃げなんてドラマとかだけの世界だと思っていたから。
「そんなにお金に困っていたのかな」
「夜逃げの理由なんてそんな単純なものばかりじゃないわ」
ブランコに乗って足をぷらぷらとさせているところ見ていなかったら、大人の女性が話したような台詞だった。
幹人はブランコをこいだ勢いのまま飛び降りた。一昨日、病院に行ってギプスがとれたらしく、最近の幹人は両足を不自由なく動かせることに喜びを感じているようだった。
「俺が見た限りでは、心愛の母さん優しそうだったけどなー」
「いや、別に優しいとかはさすがに関係ないんじゃないかな。あれ、でも、さっき家から追い出されたとか言ってなかったっけ?」
幹人は腕を組んでしばらく唸ってから答える。
「うる憶えなんだが、あのときは別に俺が来たから怒ったって感じじゃねーんだよな。確か」
言葉を探すような口調に僕も西尾さんも黙って幹人の声に耳を傾けていた。
「追い出されたのも、ちょっとちげーというか。そもそも、怒ったのはあいつの両親じゃなくて、あいつ自身だったのかな」
なんだか見えない暗闇に置いてかれるようなものだった。
「それで?」
西尾さんが幹人の言葉を促す。
「いや、それだけだけど」
西尾さんは頭を抱えていた。
「あなたね、動物園のサルだってもうちょっと分かるように話してくれるわよ」
「なんだよそれ、まるで俺がサル以下だって言いて―のかよ」
夕日で赤く照らされている幹人の顔は本当にサルを思わせた。僕が少し吹き出すと思いっきり背中を叩かれる。衝撃と同時に熱を帯びていく感覚があり、僕は少しむせた。
「手加減を知って欲しいよ、動物じゃないんだから」
そう言うと、今度は小突かれた。
「それよりも、良いのかよ。あいつの手がかりないままもう一週間とちょっと経っちまったぞ」
その言葉は僕の軽くなった体を重くさせた。
「良いわけないから、今日もこうやってここに来たんだよ」
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