第三章

12/28
86人が本棚に入れています
本棚に追加
/104ページ
 捜索願は撤回され、心愛に繋がる手がかりもなく、もうそろそろ打つ手がない。僅かな望みをもってここに訪れたものの、それすら指の隙間から零れ落ちてしまった。 「彼女の性格的に、私はまだ遠くに行っていないと思うのだけど」  夕焼けに染まる空を見つめて彼女はそう言った。 「というと?」  長いまつ毛で何度か瞬きして、切れ味のよさそうな眼がこちらを向いた。 「彼女はどちらかといえば、物静かな方だったじゃない? ほら、図書室とかもよく来ていたし」  誰のことを言っているのだろうか。どこかで話がすり替わった。僕が訝しんでいると幹人が口を挟む。 「えっ、心愛の話してんだよな? あいつはどっちかというとギャルだっただろ。白坂たちとよく絡んでいたし、まあ化粧とかは校則でしてはなかったけど。それに、俺のタイプはそういうギャルばっかだから。西尾が言ったようなやつを好きにはならねーよ」  僕は自分の頬をつねる。いや、これは夢じゃない現実だ。今目の前で何が起きているんだ。僕の知っている心愛からどんどんとかけ離れていく。それどころか、二人はまったくの別人のことを言っているようだった。 「あなたこそ、何を言っているのよ。篠田さんがそんなはしたない人間なわけないじゃない。あの人は高貴で清楚な人よ」 「はぁ!? お前こそ寝ぼけてんじゃねーの」  幹人の歯切れのよい言葉と共に数滴のしずくが僕の目の前を通過していった。このままなら、収拾がつかなくなりそうで、僕がその間に入る。 「じゃあ、ロイドはどっちが本当のことを言っていると思ってんだよ」  二人の顔が僕の近くに迫る。  僕の知っている篠田心愛は、体に染みていた彼女の表情が、言葉が、僕の脳裏に映し出されていく。そのどれもが僕にとってかけがえのないもので、それでいて桜の花びらのように儚い。  高鳴っていた鼓動が嘘のように静まっていった。  興奮している二人の顔なんてもうどうでもよかった。 「僕の知っている篠田さんは――」  僕らの知っている心愛はばらばらになっていき、その散らばった彼女のピースをそれぞれの人が自分勝手に統合している。まさに、そんな感じだった。僕のなかにいる心愛は、もう二人のなかにはいない。心愛の何かは確実に失われつつあるという予感を靡かせながら、僕らはテスト週間へと突入していった。
/104ページ

最初のコメントを投稿しよう!