第三章

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5  テスト期間中ともなれば、人生についてとか、この世の中についてとか、そんな壮大なことを考えてしまう。おそらく、そんなものはもっと大人になってから考えればいいのだろうけど、高校生だって少しは考えたくなるものだ。もう少しすれば大学進学が待ち構えていて、その先は何十年と働かなくてはならない。そんな決まりきったレールの上で生きる人生は楽しいのだろうか。大人たちを見ていると、ふとそう思うときがある。もし、楽しくないのであれば、僕らは何のために勉強しているのだろうか。そんな疑問にぶち当たり、僕は勉強どころじゃなくなる。  こんな気分になると僕は散歩に出かける。寝ている父を起こさないように、そっとドアを開けて、夜風を浴びる。日中の喧噪は消えさり、僕の足音と息遣いだけが聞こえる。この世界に僕だけが取り残されてしまったような気分だ。そんな夜の空気を吸ってただひたすらに歩く。それだけで、不思議とさっきまで悩んでいたことが消えていくのだ。少なくとも心愛がいなくなるまではそうだった。  小川に架かる橋の中腹で足をとめる。僕は欄干に腕をのせて、川底を眺めた。小川の水面には満月が淡くうかんでいた。僕は肺のなかに溜まった汚い空気を抜くように深く息を吐く。  考えないようにしようと思えば思うほど、僕は彼女のことを考えていた。正直、テストどころではない。テスト期間中に感じるいつもの憂鬱とは違って、ずっとカビのように根強く僕の体に染みついてくる。そうして、僕は薄々感づいている。きっと彼女を見つけたところで、彼女と過ごす時間は限りなく短いものだということに。  それなら、今のままで良いのかもしれないという想いが僕のなかに浸透してきている。スマホを取り出し、ラインのアイコンをタップすると、篠田心愛のトーク画面が現れる。僕はゆっくりと日にちを遡っていく。あの海に行った日から、既読という文字が消えてしまった。一方的に、届いているのか分からないメッセージはずらりと並んでいる。もうこんなことはやめてしまおう。恋だとか、愛だとかは僕には似合わない。  僕の指はあっさりと彼女の連絡先を削除した。
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