第一章

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2  夏の暑さにうつらうつらしている時だった。  クラス中から悲痛な叫びがあがった。  僕は何が起きたのかと周囲を見渡すと、ある一点に視線は集中していた。僕もそちらを見つめると、廊下側の一番後ろの席は、ぽっかりと空いていた。  あそこには誰が座っていたのか、全く思い出せない。 「なので、お見舞いに行きましょうか。先生も行きたいのだけど、今日は会議が入っているので、皆さんに任せたいと思います。あまり大勢で押しかけても大変だから、最大でも二人くらいでお願いね」  今年で教師生活が三年目になると自己紹介していた榎田(エノキダ)先生はてきぱきと朝の会を進めていた。最初はしどろもどろなところがあって、この教師は大丈夫だろうかと心配だったが、持ち前の真面目さで挽回してきているようだった。  榎田先生のポニーテールが動く。僕たちと差ほど年齢が変わらないのに、どうしてあんなに大人っぽく見えるのだろうか。高校生から大学生、大学生から社会人でもだいぶ違う。何がそこまで人を変えるのだろうか。  クラス代表を午前中のうちに決めておくこと、と榎田先生は黒板の左端の方に書いていた。 「決まったら、先生に伝えてね。それじゃ、終わりー号令」  僕には関係のない日常が始まる。  日直の号令と共に、クラスは妙な一体化をもち、習慣づいた行為をして、空気は一気に弛緩していった。  そんなところに、カラカラという音を立てて、全身真っ白な人の形をした機械が教室の後方から入ってくる。人間でいうところの首の部分を左右に数回振ってから、再び音を出して教室を出ていった。  その間、誰一人としてその機械に目もくれず、机に突っ伏している人もいれば、さっきのお見舞い話に花を咲かせている人もいた。それぞれが、学校の日常風景に溶け込んでいる。  ポケットに入っていたスマホが震える。  僕はスマホを取り出し、画面を見つめた。  ――身体的健康は良好。精神的健康はイエローであるため、相談室もしくは保健室に行くことをお勧めします。  大きなお世話だと心の中で悪態をつき、僕はスマホをポケットにしまう。こうやって僕らは何かと管理されていた。いつからそうなったのかは知らない。少なくとも僕が生まれた頃から、こういった管理社会は成り立っていた。 「その顔は、またイエローだったんだね」  顔を左に動かすと、椅子にまたがっている圭太(ケイタ)がいた。幼さを残した顔に微笑を浮かべている。  こいつは何かと僕に絡んでくる厄介な奴だ。クラス委員だか何だか知らないが、そうやって距離を縮めてこようとしてくる精神が嫌いだ。 「僕の顔はそんな黄色なんかじゃない」 「いつになく今日は機嫌が悪そうだね。俺はロイドっていうあだ名嫌いじゃないよ」  圭太にはパーソナルスペースってものがないのだろう。ずけずけと土足で心の中に踏み込んでくる。
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