誰そ山で手招く彼は

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 秋は夕暮れ時こそ最も風情があると称賛されることが多いが、同時に奇妙な現象に遭遇することが多い時間帯でもある。誰そ彼時。野山の多いこの辺りでは、山の中にある朽ち果てた鳥居の前で手招きする、誰とも判別しかねる影法師の存在が言い伝えられている。影法師を目にした者は、その(いざな)いに抗うことはできず、あの世に連れていかれるとも、山の神の生贄にされるとも言われている。  だが真実はこうだ。紅葉狩りを終えて山を降りようとした私は、夕焼けに染まらない真っ黒な人型をこの目で捉えた。手招きする影法師に近づき、手を触れた瞬間、暗闇へと吸い込まれる。次に気が付いた時は、何本もの黒い手が全身に巻きついていた。振り返ると、光さえ塗りつぶしたような闇が鳥居の背後に広がっていた。黒い手は闇から伸びており、私の身体を奥へ、奥へといっそう強く引き寄せる。このまま闇の中に取り込まれてしまえば、一生もとの世界には戻れないかもしれない。恐怖が背筋を走ったその時、目の前を横切る人が見えた。黒い手でふさがれた口を懸命に動かして、声にならない叫びを発した。 「助けてくれ!」 私は相手に向かって、必死に手招きした。
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