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「私の母は、私が幼い頃に交通事故で亡くなりました。その時から私の父は、過保護なくらい一人娘の私を大切に大切に育ててくれました。どのくらい過保護なのかというと……少し公園で擦りむいただけで、病院に連れていかれたくらいです。今思うとびっくりですよね」
目を細めて笑う朱里の視線を感じながら、雄二は懐かしい記憶を辿っていた。確かに、過保護と言われてしまうような事は多々あったかもしれない。
「――何か悩み事があったら、本の中に手紙を忍ばせて渡す、という事もしていたり。父とは友達以上になんでも話せる関係だったのかもしれません。本音で話せたからこそ、時に冷たい態度をとってしまったこともありました」
思えば、朱里が保育園に行っていた頃からこの方法で悩みを聞いていたのかもしれない。友達から変な話し方だと言われて真似されたからもう話したくない、と泣いていた朱里としばらく『お手紙交換』をした事がきっかけだった。いつの間にか回数は減っていったものの、あの時も昔からの手段を無意識的に使っていたんだな。
「父は高校で国語の教師をしていました。私もそこの高校へ通う事になりましたが、一度も父の授業を受ける事はありませんでした。でも……父には生きるうえで大切な事をたくさん教えてもらいました。言葉の大切さ、伝えることの大切さ、そして勇気を持つことの大切さ……授業では教えて貰えないようなことを父に教えて貰えた私は最高に幸せ者だと思います」
朱里の言葉を聞いて目頭を熱くさせた雄二は、タキシードの胸ポケットに入れていた白いハンカチを取り出した。
「父から伝えることの大切さを教えてもらったから……今回、少し口籠っても感謝を口に出して伝えたかったんです。お父さん……私を愛してくれて、幸せにしてくれて本当にありがとう。私、お父さんの娘で、最高に幸せです」
会場で鳴り響く拍手の音に包まれる中、朱里は座りながら啜り泣く雄二に駆け寄って抱き締めた。
雄二の脳裏には、幼い頃に公園でブランコから落ちて泣いている朱里、中学生の頃に晩御飯を初めて準備していてくれた朱里、成人の日を迎えて少し大人びた表情を見せた朱里などさまざまな情景が写真のように浮かんでいた。
優しい温もりを感じながら目を開けた雄二は、目を真っ赤にしながら笑う朱里の姿を脳裏に焼きつけた。これまでの人生で一番幸せそうな笑顔をした花嫁姿の娘の写真を表紙に張り、完成したアルバムを心の中に飾った雄二は、朱里を抱き締めて小さな声で言った。
「朱里が私の娘で最高に幸せだ……ありがとう」
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