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ゴーン、ゴーン、ゴーン……、鳴り響くホールクロックの時鐘にビクッと身体を震わせると、小百合はゆっくりとトイレから出た。
だいたいなんでこんなところにホールクロックがあるのよ。邪魔でうるさいだけじゃない‼
小百合はイライラしてホールクロックを睨めつける。マホガニー材を基調に作られたそれは、何とも云えない荘厳な雰囲気を醸し出していてあまりにこの場に不釣り合いだ。精巧に作り込まれた金銀の細工も見事で決して安いものじゃないというのが窺える。
だがここは何もない、ただのトイレ前だ。
何の変哲もない廊下にポツンとコレがたたずんでおり、授業が終了する夕方四時~明けて朝の八時まで十五分おきに時鐘を鳴らしているのだという。
小百合は今でも、コック……、コック……、コック……、と壮麗な音で時を刻んでいるそれが何故かとても疎ましく感じられた。
雪江みたいに成績がよいわけではなく、董子みたいに運動ができるわけでもない。小百合は自分を何の取り柄もない人間だとよく感じていた。
それと引き換えこのホールクロックは――。トイレ前なんていうどうでもいい場所に位置しながらも、いけしゃあしゃあとでっかい音で鐘を鳴らし続ける。その遠慮なさのようなものが、小百合にはどうしても赦せないと感じてしまう。
彼女は少しだけ力を籠め、ホールクロックを蹴飛ばした。ほんの少しの悪戯のつもりだった。
バキッ、
小百合の真っ白い上履きは、高級木材であるはずのマホガニーを――さては偽物だったなコレ――無残にも打ち破り巨大な金属製の振り子を叩き折っていた。
「あっ‼」
時すでに遅し――、小百合は真っ蒼な顔のまま茫然と自ら開けた大穴を見つめる。
この時計、いくらするんだろう……。
五十万か。いや、いくらマホガニーが偽物でも、少なく見積もっても百万は下らないだろう。
小百合は頭を抱えながら、その場に座り込んだ。
――いや、諦めるのはまだ早いんじゃないか?
小百合の中で悪魔が囁く。
きっとこの嵐だ。破壊の音も小百合の声も体育館や職員室には届いていない。ホールクロックの時鐘が聞こえなくなったのに気が付く人もいるかもしれないが、少数だろう。
これはチャンスだ。小百合はにんまりと笑ってホールクロックを見つめた。
「ごめんね、あたし、逃げるね」
十八時三十三分で停止したホールクロックは、何も云わなかった。
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