〜第一部〜 時は遡ること数分前

4/4
前へ
/10ページ
次へ
     ✾ 『速報です。今日の十八時。首相官邸にプラスチック銃などで武装した男ら五人が押し入り、警備隊との間に銃撃戦が発生したもようです。  幸いにも総理には怪我もなく。犯人グループのうち二人はその場で射殺、一人を確保しましたが、後の二名の所在が分からず警察が行方を追っています。犯人グループは非常に殺傷能力の高い武装をしていることから、政府は十八時四十五分現在、市ヶ谷付近全域に警察による緊急配備および避難措置が取られています。近隣の方は警察の指示に従い、絶対に外へ出ることの無いよう、ご協力お願い申し上げます』  アナウンサーは淡々と原稿を読み上げる。岩梨哲哉(いわなしてつや)校長はあんぐりと口を開けたままテレビに見入っていた。 「こりゃあ大事だなあ」  首相官邸はこの学校から車で三十分ほどだ。近いと云える距離でもないが脅威が全くないとは云えないだろう。  幸い体育館のテレビはつい先ほど当直の教師に電源を切ってもらったし――テレビは子供の堕落を招くという、これは一種の教育方針だ――携帯電話も今は圏外なのだから生徒がパニックになってしまうことはないだろうが……。  知らせておいた方が良いだろうか。  岩梨はゆっくりとかぶりを振った。  今年で定年だというのになんという災難なのだろう。台風で閉じ込められてしまった生徒のために夜勤を申し出たものの、この体ももはや健康ではない。  ヘルニア、痛風、糖尿病に痔、そして盲腸の手術まで、去年と一昨年の二年間でいくつ病気を患えば気が済むのだ。  彼は頭を抱え込んだ。相変わらず外ではビュウビュウと風が吹き、窓に風が吹きつけると破れてしまわないかと思うほど内側に撓(たわ)む。この嵐だけでも妙な事だというのに、これ以上面倒なことが起きなければいいんだが……。  岩梨校長は「はあ」とやる気のないため息をつく。 「こんな緊急時だからこそ、海棠君を頼って当直を任せたのだが、電話越しの声からすると寝ていたようだし、最近の若者はいざという時に役に立たない。だいたい、あんな暴力教師まがいの若造を雇った理事長のことも理解できんなあ」  岩梨がぼやきながら生徒の様子を見るために校長室を出たのが十八時五十分。  この時、彼が、一階のホールクロックが四十五分の訪れを告げなかったことに気が付くことはなかった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

15人が本棚に入れています
本棚に追加