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真っ黒な髪は後ろできっちりまとめられていて、縁のあるメガネは端麗な顔立ちをより強調していた。彼女ほど聡明という言葉の似合う女性を知らない。
「奥様、お綺麗ですね」
「それはどうも。まだ戸籍上は妻ではないけど」
「そのうちご結婚されるのでしょう?」
「まぁ、そうだね」
こんなプライベートな話を彼女から振ってきたことは一度もない。
どうしたのだろうと不思議がっていると
「これできっぱり諦めがつきました」
「…諦め?」
はっきりとした口調でそういった。
凛とした表情のまま、つづけた。
「ええ、私が尊敬する人物は東条さんだけでした」
「…」
「昔から尊敬だけでなくあなたに好意があります」
そんな形式的な言葉で告白などされたことがない俺は戸惑った。
彼女は、ふふっと口元に手をあて笑うと
「お付き合い、おめでとうございます」
「ありがとう」
告白の答えなど求めていないのだろう。
ただ自分の想いを伝えたかっただけなのだろうが、長年片思いをしていた自分と重ねてしまい少しだけ胸が苦しくなった。
「仕事では私情は一切挟みません」
「知ってるよ」
俺は立ち上がってありがとう、ともう一度言った。
彼女が俺に背を向けようとした瞬間、高いヒールを履いてるためか躓いて前方へよろけた。
俺は咄嗟に彼女の体を支えた。というか若干抱きしめるような形になってしまった。
段差も何もないところで躓くなんて、彼女らしくない。
すみません、そう言って体制を立て直すと俺からさっと離れた。
勘違いかもしれないけど、彼女の瞳は少し潤んでいたような気がした。
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