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「私ね、絵を描くことが好きなの」
ウミはハーゲンダッツの蓋をしまいながら言った。
「保育園に通ってる頃から毎日塗り絵とか、お絵描きが大好きで他の遊びには目もくれなかったんだって」
嬉々として語るウミはどこか誇らしげだった。
「私が絵を描けば、みんな喜んでくれたの」
「素晴らしい才能だね。成瀬は将来画家になるべきだ」
僕は何気ない調子で答えた。
実際にウミの描いた絵を見たこともない僕は、彼女にどれほどの才能が備わっているのかは分からない。
なのに僕は軽々しい言葉を口にしてしまった。
ウミの表情は途端に陰りを見せた。
「私が、画家になれると思う?」
ぽつりと零れたその言葉は、自分自身に向けて発せられているようだった。
「成瀬は画家になりたいの?」
僕は神妙に尋ねる。
「なれる訳ないよね。凡人の私がなれる程甘い世界じゃない。ぬくぬくと大学生活を送っているような人間が辿り着ける場所じゃない」
最後の方は自嘲するように笑顔を見せていた。
痛々しいウミの表情を見て、僕の胸もチリチリと痛みだす。
「幸生君の好きなものはなに?」
話題を変えたかったのか、ウミは僕に質問してきた。
「僕は写真かな」
「へ〜、こういうやつ?」
ウミは顔の前でカメラを構える真似をした。
「そんな大層なカメラじゃない。僕が使ってるのは普通の使い捨てカメラだよ」
僕はリュックの中からカメラを取り出した。それをウミに渡す。
「わあ~、懐かしい。子供の頃はよく両親がこれで撮ってくれてたな」
「今度は僕が撮ってあげるよ」
僕はウミからカメラを受け取り、一枚写真を撮った。
ウミをフィルムに収めるために、僕はカメラを持ってきた。
上手く撮れているかは分からない。現像するまで全貌を見ることができないところが、フィルムカメラの魅力だと思っている。
それなのに不思議と今撮った写真だけはすぐに確認したいという衝動に駆られた。
ウミが一体どんな表情をしていたのか、僕は確認せずにはいられなかった。
きっと彼女は笑っていなかった――
なぜかそう思えてならなかった。
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