第三章 水族館

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          * 「どれにしようか」  ウミはタコの風鈴とクジラの風鈴を見比べながら眉を寄せた。  帰り際にお土産を見ようということになり、風鈴に興味を惹かれているようだった。  売店には十種類くらいの風鈴が並べられている。どれも愛嬌のある顔立ちでこちらを見てくるので、僕もウミも選びかねていた。 「やっぱりイルカにしたら? 一番好きなんでしょ?」 「うーん。どうしようかな」  腕組をしたままウミは目を閉じる。  僕はフグの風鈴を撫でながら彼女が目を開けるのを待った。 「やっぱり、クラゲの風鈴にする」 「どうしてクラゲ?」 「一番ぱっとしないから」  ウミは笑顔で答える。今度は僕が眉を寄せる番だった。 「どうして一番ぱっとしないやつを買うんだよ。訳がわからない」 「だって、来年も再来年も来るでしょ? 年々自分が好きな風鈴が手に入った方が嬉しいじゃん。好きなものは最後に取っておきたいタイプなの」  ウミは言い切った。最初に選ばれたクラゲの気持ちを思うと気の毒だ。  クラゲの風鈴の心配をしているなんて、僕は今日一日でかなり想像力が豊かになったようだ。全部ウミのせいだった。  ウミはご満悦でクラゲの風鈴を購入した。  紙袋を前後に大きく揺すりながら歩くものだから、僕は「落としたら割れちゃうよ」と何度も注意しなければいけなかった。 「ねえ幸生君。水族館、毎年来ようね。毎年新しい仲間を迎え入れるの。そしていつか我が家のベランダに風鈴の水族館が誕生する。素敵でしょ?」 「いったい何年先の話になるんだろうね」 「何年先になってもいいじゃない。未来に楽しみがあるってだけで、毎日がワクワクする」 「幸せそうでなによりだ。僕でよければお供するよ。ウミと一緒なら何度水族館に来ても飽きそうにないしね」  僕とウミの約束は半分裏切られ、半分守られた。  ウミのベランダは色とりどりの風鈴で水族館のように華やかになった。  だけど僕は二度とウミと一緒に水族館へ行くことはなかった。 「水族館、毎年来ようね」と言ったウミの顔に嘘はなかったと、僕は自信を持って言える。  でもその自信も十年という時の流れによって徐々に風化していき、今では少しの力で簡単に折れてしまうくらい、か細いものになってしまった。
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