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水族館デートをきっかけに、僕とウミは頻繁にデートを重ねるようになった。
夕暮れの海辺で約束した通り、僕はウミをいろいろな場所へ連れていった。
僕たちがいるべき場所を求めて、あてもなく彷徨っていた。
『近所の公園』
『電車の中』
『図書館』
『誰も来ない小さな神社』
『大きなくすの木の根元』
『一カ月前に潰れたコンビニの駐車場』
『友人から借りた車の中』
『高架下の河川敷』
僕等は特別を見つけるために、敢えて日常にありふれている場所を選んでいた。
その場所でウミは絵を描き、僕は本を読んだり昼寝をしたり写真を撮ったりした。
僕たちの間に会話はない。言葉は必要なかった。
ウミに必要なのは紙の上に絵を描くことだけで、僕に必要なのはウミと同じ時間を過ごすことだけだった。
そしてウミの絵が完成すると、僕たちはその場を後にする。
「幸せだね」とウミが言い、「幸せだね」と僕も返す。
とびきりの笑顔でウミは言う。僕はこの瞬間が大好きだった。
この一言さえあれば、他のどんな言葉も必要ないと思える。
ウミは僕を必要としてくれていて、僕といることでウミは ”幸せ” になれている。
この事実だけで十分だった。
僕はデートで撮った写真をその日の内に現像する。
フィルムカメラに収めた写真は、現像するまで出来栄えは分からない。
ピンボケしているものや、思いのほか良く撮れたものが出てきたりもする。
そして何より、僕とウミの共有した時間を写真の中に留めることができる。
僕は写真を自室の壁に貼り付けていた。
一人になってからも、ウミとの時間を共有するためだ。
写真を眺めながらウミのことを考える。
次はどこに行こうかと想いを巡らせる。
僕はウミのことだけを考えていた。
どうすればもっと彼女を幸せにすることができるのか、その一心だけだった。
――それなのに、ウミはいなくなった。
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