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第五章 残された者
一年が経った。
僕もウミの両親も希望を捨ててはいなかった。ウミの死を裏付ける証拠はなにもないのだから、きっと何処かで生きていると信じていた。
僕はウミの誕生日にタコの風鈴を買った。二つの風鈴から奏でられる音は、乾いて聞こえた。
二年が経った。
ウミの母親は随分痩せてしまった。きっと食事は最低限の量しか摂っていないのだろう。
警察の捜索は明らかに滞っていた。この頃からウミの両親は探偵を雇うようになった。藁にも縋る思いだったのだろう。
僕はウミの誕生日にフグの風鈴を買った。三つの風鈴から奏でられる音は、残された者の悲しみを反響しているようだった。
三年が経った。
僕は大学を卒業し、公務員になった。将来にやりたいことを見つける気力も、夢もなかった。だから心を無にして参考書に噛り付き、ひたすら勉強したのだ。
これ以外にできることがなかった。将来のことを考えようとすれば、どうしてもウミのことを思い出してしまう。現実に絶望し、未来に希望を抱いていた彼女が瞼の裏に現れて離れなくなる。胸が張り裂けそうになる。
僕は自分に関すること、自分の周りを取り巻くもの、それら全てについて考えることを放棄した。
だけど、ウミの誕生日には風鈴を買うことはやめなかった。カニの風鈴だった。苦しさに耐えられず、音色を聞くことはできなかった。
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