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1.思い出の夏の日
「わー、きれいな花火だねぇー」
今日は私の通う塾の夏合宿最終日。先ほどまで、私たちのような中学受験間際の小学六年生全員で避暑地にきて三日間の勉強合宿を行っていた。今は合宿所近くの河原で最終日の打ち上げとして毎年行っているという、メインイベントの花火を見ている最中だ。
「うん、俺今年の初花火だわ。やっぱ奇麗だよなぁ」
「いやー、それよりもやっと合宿が終わったぜー。特に今日は地獄だったー」
「ふふ、それは翔が休み時間の間に課題を全くやらなくて先生に白紙のプリント集が見つかったからでしょ?ちゃんとやっときなって言ってたのに」
私の隣に並んで座る二人は、同じ塾に通っている受験仲間の楓と翔。私たちは住んでる場所こそ少し遠けれど、一緒の中学校を受ける予定である。でも、だからと言ってライバルというわけでもない。何故なら私の、いや、私たちの目標はみんなで一緒に同じ中学校に通うことだからだ。そう、一年前に三人で“約束”した。
「いやー、でももうあと半年かー。なんか長くてみじけーなー」
「いやそれどっちなんだよ」
「ふふ、ほんと。まぁ翔はバカだから仕方ないよ」
「なー!お前ら言ったな!もし中学受験に俺だけ受かってお前らが落ちても知らねーぞ」
「ないな、それは」
「くそー、たしかに一番ヤバいの俺だもんな―」
ふふ、受験勉強で疲れてたはずなのにこの三人で話していると気が楽になる。いつまでもこの三人で入れたらいいのになー。
まぁそうなるように私も勉強を頑張るしかないな。そう思いつつ、私は立ち上がった。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
「おうー、いってらー」
一人でお手洗いのある合宿所まで歩いていると、不意に花火の音が病んだ。
「あー、もう終わっちゃったか―。もう少し戻ってみたかったのになー」
そんなことを思いながら歩いていた私だったが、来た時と周りの風景が全然違うことに気づく。
「あれ?合宿所はこっちじゃ?」
夏は夜も明るいとはよく言うが、今はもう夜の九時。しかもここは自然の中。すっかり日は暮れて、もうあたりは暗い。花火も終わってしまったため、明かりもなく、一寸先は闇でしかない。
どうしようかと思いつつも、来た道を戻ればよいかと思い、後ろに振り向く。が、その時私は河原の石に躓いてしまった。
「おっ、とっとっとぉぉ、ぅうわぁぁぁぁ!」
バッシャーン
ごつごつした石の上でバランスをとれず、足をもつれさせてしまった私は、何もできないまま川へと落ちてしまった。
「ちょっ、あ、足がつかな、あ、うぅ」
私の落ちてしまった川はとても深く、私の足が底に届く気配は全くなかった。
しかも水面に浮き上がろうとしても、川の流れが速すぎてうまく腕を動かすことができない。
ここで私は死んでしまうのだろうか。
そう思うと今までの思い出が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
あぁ、お手洗いに行くのを我慢して三人と一緒に花火を見続けてればよかった。そうすればこんなことにはならなかったのに。三人で一緒の中学校行こうって約束したのになぁ。こんなところで死にたくないなぁ。
それにまだ私、好きな人に告白してないなぁ。一緒に合格したら告白しようって決めてたのに。
バカのくせに私たちと同じ中学校を受験しようとしてたあいつの顔が私の脳裏をかすめる。
いっつも張り詰めた空気を和やかにしてくれたし、その場にいるだけで場を楽しませてくれた。
やっぱり私はあいつのことが好きだなぁ。あいつは私のことをただの友達としか思ってないかもしれないけど。
もう言えないな、好きだったよ、翔。
そんな考えが頭の中をよぎる中、徐々に私の意識があやふやになっていく。
私、もうだめかもしれない。ごめんね“約束”を守れなくて。楓、翔ごめんね。
そう心の中で懺悔していると、どこからか、騒がしい声が聞こえてきた。
「お**、どこに**!?おー*!*こだぁ!」
誰だかわからないけど、うるさいな、もう。私は静かに眠りたいのに。あれ?でも私さっきまで何をして?
「おいっ!千夏!?いるんだったら返事しろ!?」
千夏?千夏ってだれの事よ。心配されてるんだから、千夏とやら、さっさと呼んでる人のとこに行ってくれればいいのに。
「おーい、千夏―、千夏―。かくれんぼはもうよせー」
今度は何かどうでもいいような声。誰の声だろうか。
あれ、どうでもいいけど私の名前ってなんだっけ?あれれ、私の名前は?私、私は…………そうだ、千夏だ。
意識がこんがらがる中、私の名前を呼ぶ声で私の意識は一気に覚醒した。
「私はここ!ここに。川の中!」
口の中にドバドバと水が入り込んでくるが、最後の力を振り絞って私は叫んだ。
願わくば、これが最期の言葉となりませんように。
そんなことを心の中で口にしながらも、自分の意志とは反対に沈みゆく体。もう顔を上げる気力さえ残っていない。
でも、それで十分だったようだ。
「川の中!?そうか、落ちたのか!待ってろ、今助けてやる!」
私の必至な叫び声は誰かの耳に届いたようだ。
バッシャーン
誰かが水の中に飛び込んできてくれたようだ。そのすぐ後、私の体が支えられ、誰かに抱えあげられる。
「おい、千夏!千夏!嘘だろおい!返事しろよっ!」
大丈夫、私はまだ生きてる。誰かわからないけれどもありがとう
そう口にしたいのに私の体は全く動かない。
「おいっ!死ぬんじゃねぇぞ!?お前に言わなきゃいけねぇことがあるのに!俺はまだ、俺はまだお前に言ってねぇことがあるのに!」
えっ。声を出したいのに声が出ない。相手の声もぼやけて聞こえるし、瞼すら開ける力が残っていない。
「俺はお前のことが、好きなんだ。いや、大好きだ!だから死ぬな!」
これって…………。もしかして初告白?もしかして翔?
そんな淡い期待を抱きながら、私はその人に身をゆだねる。
そうしていると、突然体が重くなったように感じた。どうやら私は浮力から解放されたようだ。
そして、続けざまに私は背中に軽い痛みを感じた。ごつごつした感触は石なのだろう。と言うことは、私は河原に寝っ転がっているのだろう。
そんなことを考えていると、少しだけ意識がクリアになってきた。
「う、うぅ」
かすかに私の口から声がでる。
「大丈夫か!?無理に起き上がろうとするな、大丈夫だから!」
あれ…………、この声は翔じゃない?じゃあもしかして…………。
私はやっとのことで重い瞼をゆっくりと持ち上げた。そして、私の目に入り込んできた光が脳内で映像化されていく。そこに映ったのは………。
「大丈夫か?頭とか打ったりしてないよな?俺がわかる?楓だよ?」
そう、私の目の前にいたのは楓だった。
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