good boy,bad girl 7

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good boy,bad girl 7

 翌朝、昨日と同じ道を辿って自由市場へ出向いた。  二日連続でバイクに充電したため、今朝もエアコンなし。梅雨どきのじっとりした暑さに辟易しながら、ようやく駅前に着いた。  駐輪場にバイクを停めて、塩地と自由市場へ足を踏み入れる。四人くらい横にならんで歩ける通路の両側に、趣向をこらした出店が並ぶ。ひな壇を作っている店、カラフルな日よけを下げている店。色鮮やかな夏野菜に、みずみずしいスモモ……引換所よりも雑多で豊富な品物がよりどりみどりだ。 「久しぶりだわ」 「マスター、勝手にウロウロしないでください」  落ち着きないわたしの腕を塩地が引く。そのまま腕を組まれてしまった。腕を組んだ……なんていえば甘い響きがあるけれど、なんせこちらは八十の婆だからどう見ても介護以外の何ものでもない。  塩地以外のアンドロイドも、ちょくちょく見かける。若い者がいればそれはたいがいアンドロイドだ。  アンドロイドは空きがあれば個人でも使うことができるし、例えば自然発生的なシェアハウスに一体置くこともできる。アンドロイドだけで買い物に来ているのも見かける。たぶん足腰が弱ったマスターの代わりに来ているんだろう。  アンドロイド同士はすれ違う時に視線を交わす。塩地たちアンドロイドは、たぶん通信で情報交換をしている……と思う。アンドロイドは地上に残された一大ネットワークらしいのだが、一介の民間人であるわたしが詳しく知る由もない。役所勤めの土井なら知っているかもしれない。しかし、あの案内嬢は誰かと繋がっているという気がしないが。 「あ、苺がある! 塩地、今年は苺を食べてないから、欲しい」  透明なパックに不揃いな小粒の苺が詰められてる。生では食べきれないだろうから、残ったらジャムにしよう。戸棚にグラニュー糖がまだ残っている。勝手に使い道を考えていたが、食品用に交換するものを準備してこなかったことに気づく。  市場は物々交換か、欲しいものに釣り合うくらいのクーポン券を渡すかしないと手に入らない。  塩地は背中のバッグから、何やら取り出した。 「マスターのお父さまのお召し物です」  少し樟脳くさいそれは、ツイードのスーツだった。ジャケットとパンツ。四半世紀くらい前のものだったろうか。たしかそれを着て撮った写真が残っているはずだ。 「これをお渡ししてもよければ」 「どうぞ、どうぞ。どうせタンスの肥やしだ。苺と交換してもらえればいいけど」  わたしたちのやり取りを聞いていた、わたしよりいくぶん若い女性がニコニコしてうなずいた。 「構いませんよ。ほどいて冬物のスカートや女物のパンツに縫いなおせますからね」  手わざがあるのは、いまの時代強みだ。うなずきつつ、冬物という言葉が心にとまった。 「まだ二回くらい冬があるじゃないですか」  苺を手作りの袋に入れて差し出して、女性は微笑んだ。 「好きな服を着て、楽しみましょう」  最後の日まで……。そうね、それが正しい。わたしも笑ってうなずいた。手提げ袋の中には二パックの苺がきらめいている。 「あ、ちょっとお聞きしますが、煙草に交換できるところはどこかしら」 「ちょっ……マスター! 交換できるクーポン券はもうないっておっしゃってたじゃないですか」  お店の女性から煙草屋の位置を聞いて歩き出したわたしに、塩地が抗議した。クーポン券はない。次の配給まで、庭の野菜とサバの缶詰を食べるしかない。だがしかし!  わたしはななめ掛けにしたバッグから、小瓶を取り出した。 「それは、リビングの棚の」 「そう、ウィスキーよ」  これなら、煙草と交換もしてくれると思う。たぶん、数本だろうけど。来月まで一週間、禁煙したくないからね。洋酒の小瓶(ミニチュアボトル)は、父のコレクションだった。わたしは飲まないから、何年もずっと棚の飾り物でしかなかったけど、こういうときにこそ使わねば。今は手間がかかる蒸留酒はあまり出回っていないはずだ。欲しい人は欲しい。飲兵衛はどんな時にも、きっといる。  きびきびと歩き出したわたしに塩地は呆れ顔だ。アンドロイドながら、細やかな表情ができる。ほんと、毎回感心する。 「少しだけですよ、いいですね」  口やかましいながらも、わたしの腕を支えてくれる。人波をぶつからないように進むと、煙草屋ののぼりが見えた。あと少し、という手前に輝き野農園の店があった。  他のどこよりも広く場所を取り、たくさんの種類の野菜が並べられている。噂にたがわず、どれも色艶がいいし新鮮だ。夏野菜ばかりではなく、乾燥させた椎茸や加工品のジャムなんてのもある。  中でも、桃や西瓜は目を引く。民家の軒先にたまに桃の木があったりするけれど、大人の握りこぶし大の農園産のものとは比べ物にならない。西瓜はまだ小さめだ。味見用に小さな三角に切ったものを足を止めた人に配っている。  青いシャツとパンツは制服なんだろうか。店番をしているのは、六十代くらいのご婦人たちだ。たまに男性がいるけれど、あまり積極的には動いていない。いや、むしろ椅子に座ったきりだ。店の後ろには、荷台の広いトラックが停められてある。  火村女史はどこだろうか。ご婦人たちは、みな痩せ気味で顔色もよくない。反して奥にでんと座った男性は腹が出ているし、色つやもよい。ハゲだけど。  店先に立って、野菜よりも働いている人たちを黙ってみているわたしに気づいたのか、農園の人たちから怪訝な目を向けられ始めた。 「あの、何かお探しですか。ご入り用のものをおっしゃっていただければ、お持ちしますので」  ずいぶん腰が低い。まるで前世紀の百貨店の店員のごとく。  ここで火村女史の名前を出していいものか。 「レタスはいかがですか。今朝収穫したものですよ」  差し出されたレタスは、見るからに新鮮でぱりっとしていた。しかし、それを持った女性の手指は荒れていた。艶のない白髪のせいで、よけいに拭けて見える。言葉にできないいびつさを感じ、思わず眉間にしわがよる。  と、塩地がわたしの腕をわずかに引いた。塩地が顔を向けたほうを見ると、エプロンをつけた火村女史がトラックの陰から出て来た。  合図を、と思う間もなく火村女史がこちらを向いた。恐らく、塩地が目を点滅させたのだ。  火村女史はぎくりと肩を揺らすと、一呼吸後には何食わぬ顔で表に出て来た。 「いらゃっしやいませ」  みごとな作り笑いをわたしに向けると、農園の店番たちには見えないように通りの先を指し示した。みると、青と白のテントが見える。椅子やテーブルが並んでいて、飲食している人たちが見えた。  どうやら休憩所らしい。 「ああ、今日はいいです。手ぶらで来たもので」  わたしはわざとらしいくならないように断ると、休憩所へと足先を向けた。
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