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「田舎にはなにもないけえ、若い人には退屈じゃろうねえ」
庭に面した縁側でごろりと大の字になって、まったく電波の入らないスマホを、試しにあちらへ向け、こちらへ向けと虚しくくり返していた私は、突然かけられた声に驚いて飛び起きた。
「え? あ……!」
すぐ目の前には、手拭いを頭に被った割烹着姿の小柄な老女が、にこにこと笑いながらおにぎりの乗った皿を片手に立っている。
「ハナちゃん……」
ハナちゃんががよっこらしょと隣に腰を下ろしたので、私も縁側に座り直した。
勧められるままおにぎりに手を伸ばそうとして、スマホを握りしめたままだったことに気がつく。
「…………」
私が無言で床に置いたのを、ハナちゃんはちらりと見て、歯のない口でふぉふぉふぉと笑った。
「電波……? とやらは見つかったかい?」
皿に並んだ中でも一番大きなおにぎりを手に取りながら、私はため息を吐く。
「ううん、全然ダメ」
ハナちゃんはまたふぉふぉふぉと笑って、庭に目を向けた。
「田舎じゃけえのう」
つられて私も庭へ視線を向けたが、単に『田舎』では片づけられないこの家の独特の立地を目の当たりにし、またため息が漏れた。
「…………」
陶芸を仕事とし、それで生計を立てている父の住居兼仕事小屋は、樹木が鬱蒼と茂る山の中腹にある。
かろうじて道路は整備されており、麓との行き来は可能だが、近くに建物はなく、住人もいない。
いわゆる、森の中の一軒家だ。
舗装の剥げかけたガタガタ道を、毎日軽トラックで登ってくるハナちゃんが、父とどういう関係なのかはっきりとは教えてもらっていないが、『昔馴染み』だとは聞いた。
父は一日中仕事小屋にこもりっぱなしで、ハナちゃんが運んできてくれる食材がなければ、親子で飢えるか、私が歩いて麓の店まで買いに行くしかないのだから、とてもありがたい存在だ。
塩が表面にまぶされた大きな三角形のおにぎりに、私は頭を下げてほおばった。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
ハナちゃんは父の仕事小屋へ持っていくらしいいくつかを取り分けながら、おにぎりの皿の横に置かれた茄子を指す。
「茄子、持ってきたけんど……天ぷらにでもしてからがよかったかねえ?」
私はもぐもぐとおにぎりを噛みしめながら、首を横に振ってみせる。
「ううん。豚肉と味噌炒めにするから、そのままで大丈夫だよ」
ただでさえお世話になりまくっているのに、そこまで面倒をかけるわけにはいかないと、懸命に首を振る私に、ハナちゃんはまたふぉふぉふぉと笑った。
「若いのに、和奏嬢ちゃんは料理も掃除も洗濯も、全部自分でさっさとやってしまうけえ……きっといいお嫁さんになるねえ」
「……そんなことないよ」
私は照れくさくて、首を竦めた。
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