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「あ〜疲れたぁー。」
今日も一日大変だった。
まったく、一体何なんだ。何かにつけて私に突っ掛かってくる人間にはうんざりする。
少しでも気に入らなければ罵声を浴びせ、他人に厳しく自分に甘い奴は本当に腹立たしい。
「あ〜ヤメヤメっ!考えるだけで疲れる!!」
空を見上げて星を見る。
いいんだ別に今日の事なんて。どうでもいい。
帰ったら私は旅行に行くんだ。いつものように。
ーーー食事を終え、入浴も済ませた。
あとはPCを立ち上げるのみ。
毎日の私の楽しみ。
[オンライン・トラベル]
その名の通り、入力した場所の景色が映し出され、自分の目線で自由に動き回り旅行している気分になれる至ってシンプルなサービス。
「今日は何処に行こうかな〜。」
と、ふと窓の外を見る。今日は見事な月夜だ。
「よし![宇宙]にしよう!!」
入力すると望み通り目の前に宇宙の景色が広がる。
「わぁぁぁ〜!!」
何度見ても綺麗な空間。
荒んだ時はこれに限る。
心が落ち着く。
「あ、月にも行ってみよう!」
[月]と入力すれば月面が広がりいつものように歩く。フワフワして気持ちいい。
(ーーーそういや[地球]って入れたら何処の景色が映るんだろ?)
気になった私は迷いなく[地球]へ行くことにした。
タンッ!
(ーーーあれ?)
いつもならその場所が映し出される前に電車や飛行機、宇宙船等の映像が流れるのに、突然目の前が真っ暗になったのだ。
「っ…え!?ウソっ…何かのウイルス!?」
慌ててどうにかしようとスマホで調べようとした、その時ーーー
『ーーー何だ?また誰かどっかから拾ってきたのか?』
(ーーー声、がする…おかしい…。)
基本的にこのサービスでは自然の音は入っても個人的な人の声は入らないようになっている。
『それとも、墜ちてきたのか?まったく…ゴミが増えて仕方ないな…。』
真っ暗な景色から鮮やかな自然が浮かび上がる。なんて…美しい…
「っ!?」
今、人間が映った…いや、人間と言えるかわからない。
緑の肌に空色の瞳、草原のような髪。
どう見ても人間じゃない。
『ーーー何だ?壊れてなかったのか。…まぁ、こっちを見ているのは一人だけなら問題ないか。』
すると、映っていた人物が突然消えた。
一体、どういう事?何かの演出?
あれこれ考えていると、
「随分、古い物を使っているな。」
背後から声が響く。
咄嗟に振り返ると、人間が立っていた。
先程までPCに映っていた人物。
「な…なっ…ん…っ!?」
「そう驚くな。と、言ってもそれを使っている時点で随分進化の遅れた人間だろうから無理もないか…。」
体や声からして…男だろうか。と、いうか何なんだろう。あきらかに人間じゃない。
宇宙人か何かなのか…。勇気を出して彼に問いかける。
「あのっ…あなたは…?」
「そう怯えるな、捕って食いはしない。私はここから何光年も離れた[地球]の[人]だ。まぁ、この[地球]の[人間]とは創りが違うがな。その電力で動く機械がなくても自分で移動できるし、他人と連絡がとれる。」
そう言って私の前にあるPCに手を触れた。
「しかし…ここまで酷い星が在るとはな…嘘や偽りで溢れ返っている。そして愛よりも憎しみが多い。こんな星、とっくに自滅してるもんだと思っていたがまだ残っていたとはな…やはり宇宙は広いな…。」
淡々と彼は話続ける。
初めは彼の言葉が恐ろしく聞こえていたが、少しずつそれが薄れだす。
「ーーー他の星は…生きやすいの?優しい世界なの?」
ハッ…と、慌てて口元を覆う。つい口に出てしまった。色々と疲れていたからだろうか。
するとーーー
「何を隠す必要がある。その世界に興味があるのなら望めば良いだろう。」
そう言って、彼は優しく私の手を取った。
「見せてやろう。私の[地球]を。[人]の、本来の姿をーーー。」
サアァァァァ…
ーーーーーーーーーーーー。
…夢…の、様だった。
とても心地よくて、どう言い表していいかわからない。
心が洗われるような感覚。
天国と言うものがあるならこういう場所なのかもしれない。
…涙が、止まらない。
どうしてかわからない。
ただ、ここにいたい。
どのくらい経っただろうか。
気が付けばいつもの部屋に戻っていた。
「いいだろう?私の星は。」
彼は誇らしげに、そして優しく微笑んだ。
「…うん、とても…とても…」
視界を閉ざして瞳に焼き付いた景色を辿る。
「っ…いいなぁ…」
叶わない夢に、か細く振り絞られた声が切なく溢れる。
ほんの少しでいい。
ここにも、優しい世界があったらーーー。
俯く私の頭に、彼は手を乗せポンポンと優しく撫でた。
何だか少し、懐かしい気持ちがする…。
「…一応、教えといてやる。」
彼は少し、険しい顔で私に伝える。
「この地球、あと数年で終わりが来る。」
ーーー終わり…?
「寿命って事?」
「いいや、お前たち達人間が起こす過ちでだ。まぁ、今までの歴史や今の世の中見てりゃ大体予想はつくだろう。」
ーーー……。
そう、今の世界がおかしいのは痛いほど感じている。危ういことも。日々流れる悲しいニュースは止むことがない。
「だが、心配するな。その未来は変わる。私が此処を見付けたからだ。運が良かったな。この地球もお前も。」
彼は私に小指を掛けて約束した。
『ーーーーー、また会おう。』
そう告げると彼は私の部屋から消え去った。
PCはいつの間にか真っ暗になっていて、それからいつもの入力画面に戻った。
あれから、彼の姿は見ていない。
何度入力しても、私のいる地球の姿しか映らなかった。
夢だったのだろうか。
それでもあの時間は幸せだった。
だが数年後。
私は思い知った。
他の地球の[人]の凄さを。
それは突然降り注いだ。
無数の光の雨が世界を覆い尽くし、たった数ヵ月で私達の星は変わり果てた。
最初は宇宙人の侵略だと恐れ、騒がれていたが、もうそれすら皆、忘れてしまっている。
心地よい時が動いて行く。
あの時見た、望んだ景色と同じ。
あと少しだ。私にもわかる。彼らと同じような存在に近づいている。
ーーー完全に[人]に成ったら会いに行けるかな?自分の力で。
あの人のいる美しい[地球]。
ただ、この喜びと笑顔で伝えたい。
あの時会いに来てくれて、
私と話してくれて、
『ありがとう』
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