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「――や、あのね。こちらの学生さん、お母さんのこと訪ねてきたんだって。ちゃんと、約束もしてて、時間どおりに来たみたいなんだけどさ」
「もしや、ぶっちぎられたってわけ?」
「そうだって」
「うっわ、ひっど。お母さん」
なんて吐き捨てておきながら、姉の表情は正反対だった。
色めいちゃっている。
きらきら輝いちゃっている。
あたしのとなりにずずずいっと寄ってきては、玄関前のひとへキュンキュン光線を送っちゃっている。
おいこら姉やん。きさま、彼氏おるやんけ。
「あのう。お困りでしたら、ご用件お伺いしましょうか? 私に出来ることでしたらお手伝いしますよ?」
姉が気持ち悪いほどかわゆく声色を変えてイケメンくんに話しかけた――んだけど、恥ずっ。あたしとおんなじようなこと尋ねちゃってるし。
姉妹そろっていっしょとか恥ずっ。
「……お姉ちゃん、それもうあたし、先に聞いたから」
「んっ?」
「や、新しく入居するひとなんだけどもさ? アパートの部屋の間取り図? みたいなものを、今日、お母さんからもらう予定だったんだって」
「あー、図面?」
「そういうのはさ、やっぱほら、お母さんががっちり仕舞ってるだろうから。いまパッと出せるもんじゃないでしょう? うちらではどうにもなんないよね?」
「んー。まあ、ねえ」
「お母さんに連絡とりたいんだけどさ」
「いや無理だわ。あのひと、ケータイっちゅうもんを持ってないものさ今どき。困ったもんさね」
どうにかしてこの(イケメンな)困っている学生さんを助けてあげたい――のも姉妹そろって合致している。暗黙で。
姉と顔を突きあわせ、うーんと唸っていたら。
クリアな声が、三月初旬の冷えた空気を割っていく。
「すみませんもういいです」
え? と姉妹ふたりで玄関前を見すえたら、佇んだままだったイケメンくんは苦笑いしていた。
夜へ移りゆくさなか。薄暗いなかでも表情がしっかりわかる。エクボの浮かぶ口もとから、白い息を吐き出しているのも。
「俺のほうからあとでもう一度大家さんに連絡してみるので。今日はもう大丈夫です。すみません、ご心配おかけして。ありがとうございました」
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