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信じられない
呆然と、天井を見つめている。ホテルの部屋の間接照明っていうのは、ほどよい薄暗さがあって好きだ。
胸の上の重みは、数時間前の欲にまみれた熱ではなく、とても子供っぽい純粋さで、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる。
こんなにちゃんと、抱きしめられたことなんてあっただろうか。生理欲求を満たす目的以外で、身体に触れられたことなんかなかった気がする。
「……言ったこと、なかったでしたっけ」
本当はわかっていた。今までは、言わないように気をつけていたから。言葉にするとそれはあまりにも重たくて、圭が気軽に口に乗せる『好き』とは別ものだという自覚があったから。
太一は窺うように圭の背中を撫でる。完全に太一の肩に顔を埋めてしまっていて、その表情を見ることができない。
「……よかった。おれだけが好きなんじゃなくて」
くぐもった小さな声。先ほどまでの勢いはない。
太一は圭の言葉を頭の中で繰り返しながら、その意味を考えた。いや、考えようとしても、思考が停止してしまっていた。
本当は考えるまでもない。両想いだったということだ。
だけどそれはあまりに都合がよすぎる、そんなことあるはずがない、と頭のどこかでは否定しているから、そこから先へ進まない。
どのくらいそうしていたか、圭がゆっくりと身体を起こした。
離れた熱が名残惜しくて、太一はまだ、天井を向いたままだ。
「きみが。……太一くんが、おれの言うこと本気にしてないってのは、気づいてた」
見たこともないような、寂しい笑みを浮かべた圭は、目を伏せたまま、ベッドの上にあぐらをかいた。
「好かれてないとは思わないけど。……もしかしたらほんとに、身体だけだと思ってんのかなあとか。おれが年上だから、逆らえなくて渋々来てんのかなあとか。悩んだこともあったけど、でも、それでも毎回来てくれるし」
身長180cmの大きな体躯を、今は小さく丸めて。
うなだれながら、圭はぽつぽつと続ける。
「顔見れたら嬉しいし、可愛いって思う。身体の相性もいいと思う。けど、ほんとは、セックスなしでも……要は、即物的じゃないデートもしたいって、思ってる」
太一は驚いて身体を起こす。口をはくはくしてみるが、何も言葉が出てこない。圭がちらりとこちらを見た。目を細め、薄い笑みを乗せて。
その表情を見たら、もう泣きそうになってしまう。
心臓がばくばくと激しく脈打ち、とても冷静ではない。喜びに震える胸は、指先までもじんじんと痺れるほど興奮させた。
色々、言いたいことはある。そのほとんどは文句や不満の類だ。なんでいつもふざけた口調で、冗談めいた『好き』しかくれなかったの。なんで、もっと早く本音を言ってくれなかったの。
でも今は、そういう面倒なことは置いといて。
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