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「好き」
そう言って抱きついた。
圭はしっかりと受け止めて、同じ強さで抱き返してくれる。
「おれも好き。……太一くん好き」
「圭さん好き」
バカみたいに、好き、好きと言い合った。
抑え込んできた気持ちの箍(たが)が外れてしまったみたいで、気がついたらキスしていた。
「んっ、……ッ」
お互いの顔を両手で包んで、濃厚なキスを繰り返す。そのうちに唇だけじゃなく、頬に、首に、耳たぶに、食むようなキスを落としていく。
今までと違う感覚がある。隠し続けていた気持ちを解放して、感じるままに貪ってしまう。腰から背中にかけて、ぞくぞくと震える。
漏れる吐息が、湿り気を帯びてくる。
ふと見た圭の瞳の奥に、ちらりと欲の炎を感じた。
ぐ、と肩を押されてベッドに倒され、その指先が太一の脇腹をついと撫でたところで。
「ダメ!」
慌てて声を上げると、圭はびくっと肩をすくめた。
「今日は、もう遅いし。圭さん明日仕事でしょ。それに……、さっきした、ばっかだし」
後半は少し笑いながら、「ね」と念押しして圭の身体を押し戻す。
太一のせりふに、圭は正直不満げだった。太一は再度身体を起こし、乱れた髪に軽く指をとおした。それからいつまでも下着一枚の姿でいる圭に、脱ぎ捨てられて枕の下でくしゃくしゃになっていたTシャツを渡す。
「ほら。ちゃんと着てください」
「……だってまた、……次に会えるの、いつになるかわがんねえよ?」
わがんねえ、と、急に訛った彼を可愛いと思った。
気持ちを素直に口にしたことで、太一の心は明らかに軽くなった。
「ふふ。いいじゃないスか。今度はおれが行きますよ。……あ、家に行くのは、まずいっスよね」
こんな軽口までたたけるようになった。
もちろん、決していいこととは思っていないが。
「圭さん。言っときますけど、おれはあなたの思ってるより100倍重いんで。おれに『好き』って言わせたこと、後悔しないでくださいね」
にこ、と笑ってみせると、圭は小さく頬をひきつらせた。
でも太一は知らない。
圭が内心で、「その顔、サイッコーに可愛い!」と、胸躍らせていることを。
この関係は何ひとつ進展もなく、これから先も多分、誰にも言えず、年に数回会うだけの二人であることに変わりはない。
それでも、太一は自分自身に胸を張れるようになった。自分には圭という彼氏がいること。誰に話すこともないけど、これは恋だと、はっきり言えること。
「じゃあ、また! おやすみなさい」
笑顔で圭の部屋を後にしたのなんて、初めてかもしれない。
太一は自分の部屋に戻り、チェックアウトに間に合うぎりぎりまで眠った。そして朝の目覚めは爽快だった。
唯一の心残りは、おいしいホテル朝食のコーヒーを逃したことくらいだ。
-終-
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