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もう少し
「あれ見たよ、こないだの。きみが出てたやつ」
「えっ? あ、配信で?」
「そうそう。おもしろかった」
先月太一が出演していた舞台は、いくつかの公演で有料配信を行っており、それを圭は見てくれたらしい。
「へえー嬉しい。ありがとうございます」
「なかなか生で見れないもんなあ」
地方出身の圭は、出会ったときは都内に住んでいたが、数年前、地元に帰っていった。もともと都会にいても東北訛りの抜けない人だったが、今はそれがより強くなっている。太一はときどき彼の言っていることが聞き取れなかったり理解できなかったりするのだが、そういうときは大体圭も興奮しているときなので、いちいち聞き返したりはしない。
そして今、圭はなかなか興奮した様子で舞台の感想を伝えてくれている。かなり細かいところまで見てくれたようで、たくさん褒められて気分がよかった。
「ほんとにね、おれは太一くんの動きとか表情がすごい好きなの。ひょうきんな動きしても、どっか上品さがあって、安心して見てられるし。なんかね、わくわくすんのよ」
「えー……いや、うん。嬉しい。めっちゃ嬉しいです。ありがとうございます」
これは役者の端くれとして、素直に本当に嬉しかった。ただ、それとは別に、『好き』という些細な言葉に反応もしてしまった。何気なく発せられた『好き』は、太一自身に向けられたものではなく、太一の芝居が好きだという意味だ。それはそれで大変ありがたく、嬉しいのだが、同時に自分に向けられた言葉のようで、ドキッとした。
普段ならそろそろ、ベッドに移動してもいいころだと思うのだけど。
頭の隅でそう思いながら、時計に目をやるのがためらわれた。太一の目線に気づいた圭が、話を切り上げてしまうかもしれないから。
もう少し、こうして会話を続けていたい。
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