太陽と人間不信の王子様

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ぐっと手を引かれたかと思うと、目を見張るような光景が飛び込んできた。足場も何もない空間に、人間の体が、ふわりふわりと浮かんでいた。 そう、……ジェイが、空に舞っていたのだ。 空に舞う人、そんなものをエリックは生まれてこの方初めて見た。やはり、目の前のこの光景は夢か何かなのだろうか。そして、ゆっくり高度が上がる、風になびく男の綺麗な髪に意識を持っていかれていると、ふと、自分の足が地についていないことに気が付いた。 「こ、これなに…!?」 「ふ、びっくりした?」 「び、び、びっくりするでしょ!!?」 肌寒い夜風が頬をかすめ、肩を震わせたエリックに、ジェイはふわっと外套をかける。この男はいったい何者なんだ。エリックは、そっと握られた、自分よりひとまわりは大きそうな手を眺めた。空に舞った二人の王子は、城の裏手の庭に、そっと着地した。久しぶりに、足の裏で地面の柔らかさを感じた。綺麗に整えられた花壇から、風に運ばれた芳香が鼻をかすめる。 外だ…。 それだけで、エリックの肩がこわばる。寒さからではなく、言いようのない不安のようなものが、そうさせた。 賑やかな祝宴が目と鼻の先で行われているとは到底思えないような静けさに包まれ、一瞬、ここが大勢の人が行き来している城の中だと忘れてしまいそうになる。 エリックの両手を握り、こちらに向き直ったジェイは、月光を映し宝石のように輝く目でエリックを捉える。 「僕は、ずっと君を探してた。」 唐突に、彼はそう言った。 「ず、ずっと…?」 「ずっと、もう何年も。」 もう、何年も…? ただ単に、一国の王子としての僕を、彼が探していた、という意味なら、その必要はないはずだ。エリックは紛いなりにも王子である。自分のことはもう、多くの国に知れ渡っている。どういう意味だろうか、身分を隠した状態で、彼に会ったことなどがあったか…。 確かに幼少期、城の中の使用人と週に3度訪問してくる家庭教師くらいしか人と会わないエリックを心配した父が、そんな機会を与えていた時期があった。どこかの貴族の子供であると偽りながら、さまざまな子供たちと無理やり会わされたものだ。しかし、エリックがいくら考え込んでも、自分の中に彼の記憶はどこにも見つからない。ましてや口下手で人見知りの激しかった自分が仲良くしていた人間などごく一部であり、そのどれもが、彼とは似ても似つかない。もし、彼であるならば分かるはずだ。会ったことはない。 なら、探されるような理由が分からない。 「あの……どうして僕を……」 「なあ、僕の国に来ないか。」 「…は?」 会話が成立していない。なんの脈絡もなく発言するのが癖なのか、この男。と悪態をついて、そして、もう一度考える。 ジェイ王子の国に、僕が行く……引きこもりの僕が……?無理だ。できない。外交目的なら、僕を選ぶのは適任じゃない。 「僕はそもそも、長い間、あの部屋からまともに出たことすらないんだ。」 「……それが理由?」 「……そうだよ。だって、部屋からでたこともないのに、国から出て旅行なんて無理だ。」 「今、出てるじゃないか。」 「あ、……」 そう、今、自分はあの部屋から出ている。ずっと、体を拭いたり、食事をとったり、すべての事をあの部屋で済ませてきた。出られなかった。自分の世界は閉ざされていた。その世界が今、広げられてしまった。不本意にも。 「でも、やっぱり無理だ。これは、君が無理やりにやったことであって……」 「無理ではない。それと、旅行というような短期的なもののことは言っていないぞ。」 「え…?」 「僕の国に、住まないか。」 やっぱり、会話ができない。彼の国に行くことも承諾もしていないのに、なんだかとんでもない発言をしている。 驚かされるばかりで疲れたエリックは、視界から彼を排除しようと、空を仰ぐ。いつの間にか、強く握りこまれた両手は、動かすこともままならなかった。
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