太陽と人間不信の王子様

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王が重い病気にかかってから、もう2年の歳月が過ぎた。国民に心配をかけるわけにはいかないと、表に立つときには元気な姿をみせている王は、一度自室に戻ると、ベッドに沈み自力で起き上がることさえ難しいような状態だった。側近達は、それほど悪化した病態で勇んで謁見台に立つ彼の強さに感動し、また同時に、彼がベッドの上で心臓さえも動かすことができなくなる日が近いのではないか、と暗い気持ちが全員の心の中に横たわっていた。そうなれば、国の希望を一心に背負うであろう息子のエリック。しかし、彼には、国民に希望を持たせることは難しいだろう、と城中の人間がそう考えていた。王が没することはこの国の絶望を招くこと。焦る周囲の人々をあざ笑うかのように、病状は深刻化していった。 エリックは、もう何年も自室から出ていない。朝起きてから、夜眠りにつくまでずっと、「第一王子」である彼に与えられた、だだっ広い部屋で、本を読んで過ごす。本の中でも、エリックは物語が好きではなかった。登場人物はみんな広い外の世界で飛び回り、人を助け、成長していく。何もない部屋に縛り付けられる自分を、責められているような気持ちになってしまうから。いつも読んでいるのは、数学、物理学、哲学などの学術書だ。 ただ、王になるためには、それに適した学問分野があり、一般的に王子であるエリックが没頭すべきはそちらの方である。しかし、 僕は、王になれない。 そう感じていたエリックは、歴史など、王になるために重要であろう学問を、学ぶ気にもなれなかった。昔は父にも期待されていた。でも今は、こんな状態の自分では、とても国民の幸せを願い、国を動かすなんてことはできない、父の期待に応えることなんてできない。 細かくほどけるような雪の降るある日、王国の建国50周年を祝う盛大な祝宴が城の中で執り行われていた。友好国各国の王様一族や、貴族の類が会場を埋め尽くし、豪華絢爛な装飾、最高級の食事と酒で、彼らはめでたい日を祝い、城中が活気に満ち溢れていた。もちろん、エリックを除いて。側近達が貴重な書籍を引き合いに出してまで随分と必死に説得したものの、やはり彼が部屋から出てくることはなかった。いつもの平穏な城内でさえ出ていくことができないのに、考えてみれば当然のことだった。友好国の王は、エリックに会いたがったが、側近達が申し訳なさそうに事情を話すと、笑って、「また、落ち着いたときに、今度は彼に会いにくるよ。」と言った。 第一王子の部屋では、窓の外から漏れ聞こえる音楽と人の声に、エリックが耳を塞いで布団に潜り込んでいた。聞こえなければ、何もないのと同じだ。そうして意識を手放しかけていると、背を向けていた窓の方向から、ドンッ、と大きな物音がした。恐る恐る耳を塞いでいた手を放すと、また、カンッ、と金属のぶつかる音がする。仕方なく、ベッドから抜け出し、窓を開けると、バルコニーに知らない誰かが立っていた。 「あ、ごめん、起こしちゃったね」 「…ぁ、え、」 あまりに衝撃の事態にまともに声を出すこともできず、全く混乱してキャパオーバーになりかけている脳みそで必死に考える。 誰だ……? なんで、ここに居る……? 「あ、だ、誰だ君……」 「ん?ああ、今日建国記念パーティーに招待されてきたんだ、大丈夫、怪しい者じゃないよ。ほら。」 そう言ってひらとエリックの目の前に差し出されたのは、確かに正式なこの国から送られた招待状だった。とりあえず不審者ではない、と分かり安心したのも束の間、ふと目を遣ると、宛名に「ジェイ王子」と金文字ではっきり記されていた。 王子…!!? 王子がなぜ10mは地上から離れているようなこの場所に、ドアからではなく窓から、訪れることがあるのか。エリックが何もかもが理解できず混乱していると、ジェイ王子が微笑みながら手を差し伸べてきた。 「エリック王子、ちょっとだけ、僕に時間をくれませんか。」 「は……、え?」 鼻筋が通ってはっきりとした顔立ちの彼は、真っすぐにエリックの目をみつめていた。きっと、その見た目だけでも国中の女性を虜にしているに違いない。ふわふわと彼に向かって降る雪、霞がかった空、彼の吐く真っ白なくもと、バルコニーに置かれた蝋燭の光を反射して輝く高貴な印象の装飾、キラキラ輝く瞳、その全てが、エリックに夢でも見ているのかと思わせてしまうほどに美しい光景だった。 冬の寒い夜に、太陽のようなあたたかさを感じた。
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