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 目と鼻の先だ。  それの冷たい呼吸を感じる。  足元で光を放つ懐中電灯がそれの足元の輪郭をくっきりと映している。  人ではない。氷の足が五足見える。  いや違う。その後ろに何かを引き連れている。  よく見るとそれは人の形をしていた。人を引きずっているのだ。  浜田だった。  さらにその後ろを見ると沖田と佳代子の姿が見えた。 「お帰り…」  氷の化け物は亜咲に向かってそう言うと、 「ずっと待っていた」  そう言いながら、氷の化け物は亜咲の姉の姿に変形していった。 「私はあんたの事なんか知らない…」  亜咲は震えながらそう言うと、姉の姿をした氷の化け物は自分の口から取り出したウネウネと動く何かを浜田、沖田、佳代子の口に入れた。  すると凍っていた彼らが人形のようにカクカクと動きだしたのだ。 「きゃあああああああ!」  亜咲は鼓膜が破れそうなぐらいの悲鳴を上げる。  すると、浜田達は何もなかったように、亜咲に近寄り、氷の化け物と同じように亜咲の前に立った。  感情のない目が亜咲の顔を覗く。 「お姉ちゃん…」  さらに亜咲の震えは増しただろう。  いや、それはもはやただの震えではない。  死を悟った者にしかわからない戦慄。  氷の化け物、そして浜田達はゆっくり亜咲に向かって指を指した。  それは亜咲に指しているのではない。  後ろの壁に指していた。  亜咲は誘われるように後ろを向くと、そこには亜咲と亜咲の姉が氷の壁の中にいたのだ。  もちろん死んでいる。  亜咲は焦った。自分が氷の壁の中に怪我をした状態で凍っていたからだ。 「お前は亜咲じゃないよ」 「え?」  亜咲…もとい亜咲と似た者はその発言に恐ろしく驚いた。  当然である。自分が亜咲ではないと化け物にそう宣言されたのだから。 「思い出して…三年前のあの日。あなたは私が作った人形なの」  その言葉で、自分を亜咲と思っていた彼女の体が氷のように変形していき、彼女はすべてを思い出した。  亜咲の姉が亜咲をバイクに乗せたあの日、彼女達は山をバイクで走っている時に、山道に飛び出した動物をはねて事故を起こしてしまったのではない。  氷の世界の伝説。亜咲の姉は亜咲にそこに行ってみようと言って、ここに来たのだ。  そして、二人は殺されたのだ。ここで…。  氷の化け物が氷を使って、亜咲の人形を作って、入れ替えていた。  ではなぜ…氷の亜咲が作られたのだろうか。  理由は簡単だ。  生きた人間だ。  氷漬けにして、動けなくなった生きた人間の生気を死ぬまで吸うために…。  氷の世界の伝説に興味を持った人間をここに連れてくるために彼女は作られたのだ。  ここに行こうと言い出したのは彼女であり、それも氷の化け物によって操作されてのことだろう。  彼女は焦った。  自分が亜咲ではないどころか、人間ではなかったのだ。  だから氷の化け物がこう言ったのだ。 「お帰り…」と。         (了)
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