妖精が見えた元三十路童貞の話 ※

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「うち、自営業なんです。両親の代わりに兄が面倒見てくれて、歳が離れてるからいつまでも子ども扱いで。彼女はできたかってしつこくて、だから、安心させたかった」 「安心させたくて彼氏はいるって言ったのか? 逆効果じゃねーか」 「そうかな、そうかも……。でも俺、成瀬さんのおかげで幸せですよ?」  雪の目は、純粋だった。めちゃくちゃ綺麗な目で見られて、思わずひるんでしまった。そんなふうに言われたら、叱れなくなる。 「俺も幸せ」  囁いて、抱きしめて、キスをして、押し倒す。 「また? せっかくシャワーしたのに」  俺の腰に両足を絡ませて、雪が言った。 「妖精戻ってきた?」 「いえ」 「じゃあしようぜ」  立ったまま壁に手をつかせ、腰をつかんで後ろから穿つ。  俺たちは、セックスばかりしている。終わっても、次はどんな体位でやろうかと考えるくらい、セックスで頭がいっぱいだった。  でも前提に、愛がある。誰でもいいなら三十三まで童貞を続けてはいない。  俺は雪が好きだ。雪も俺を好きなのだとよくわかる。  身内に「彼氏がいる」と堂々と打ち明けた。それは、俺の存在が雪にとって「揺るがないもの」であることの証明に思えた。  俺にとっても、揺るがない。七年見てきた男だ。やっと手に入れた。  だからもし、ドアをガンガンに叩いて「出てこい」と脅迫する男が現れたら、全力で、守ってみせる。 「電話に出ろ、いるのはわかってるぞ! 雪、雪、こら、雪! 開けなさい!」  そう、まさに今の状況だ。  雪の兄から電話があった翌日の夜、ドアを叩く音が鳴り響いた。急いで玄関から飛び出すと、男が雪の部屋のドアを乱打していた。  友人か元カレという選択肢はない。雪は仕事以外では引きこもりで、宅配便しか人が来ない。雪、と下の名前で呼ぶ男。昨日の電話の件がよぎり、兄だろうとすぐに思い至った。 「開けてくれぇ……、雪ぃ」  男がドアにすがりつき、膝をつく。他の部屋の住人たちが、何事かと部屋から顔を出している。このままでは通報されかねない。 「雪はまだ帰ってませんけど」  声をかけると、男が俺を見て怪訝な顔になる。 「今、あんた、雪って呼び捨てに……」  男がハッとなった。よろよろと立ち上がり、「貴様か!」と叫ぶと俺の胸倉をつかんできた。 「貴様が雪の、かっ、かれ……、ぴ……ですか?」
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