徒桜

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徒桜

座敷に戻ったとたん、男は私の頭から羽織を剥がし 頭のてっぺんからつま先まで、舐め回すように 見る。 どうにも落ち着かない。 男の艷やかな髪からぽたりと雫が滴り落ちる。 それが私の着物を濡らした。 ふいに男の手が私の右手を拐う。 「つっ…」 「痛みますか?」 「…少しだけ。」 さっき尻もちをついた時に負った小さなかすり傷 からは、微かに血が滲んでいた。 こんなものは大したことはない。 傷の内にも入らないのに。 男の方がひどく痛そうな顔をする。 大袈裟な男だ。 「遊女を狙った辻斬りが出るとは知っていたのですが、まさか貴女に傷を負わせてしまうとは。」 「こんなかすり傷、何でもありませんよ。」 「いいえ。もっと早くに俺が駆けつけていれば…」 そう言って男は手拭いで傷を丁寧に拭う。 こんな女の手を心底大事そうに扱うんだから やはりおかしな男だ。 お陰で泥で汚れていた手はすっかりきれいになって いた。 しかし、私の髪から落ちた雨雫が男の手を濡らして しまう。 髪だけじゃない。 着物から何まで全て濡れてしまっている。 「これでは冷えてしまいますね。」 手早く帯を解き、着物を脱いで襦袢だけになった姿を見て男は慌てて背を向けた。 相変わらず初な顔を見せる。
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