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「いい加減にして。ストーカーで訴えるよ」
わたしは立ち止まって、後ろをついて来る男の子に向かって言った。
「別に後をつけてるわけじゃないよ。俺も方向が同じなの」
彼は足を止めることなくわたしの横を通り過ぎた。
余計腹が立つやら恥ずかしいやらでその場に突っ立っていると、少し先まで行った彼が戻って来た。
「ごめん。怒らせるつもりじゃなかったんだ」
いきなりそんなふうに素直に謝られると、どう返していいかわからない。
「アイツはやめといた方がいい。チャラいっていうか、女の子と、次々に、その、そういう……とにかく、あんまりいい話聞かないから。だから……」
「わたしは別に……」
「だいたいさ、葬式出た後にすぐナンパするようなヤツだよ? わかるでしょ。なんとなく」
わたしはついさっきまで内山先生のお葬式に出ていたのだった。彼らもそうだったらしい。
内山先生はわたしが中学三年の時の担任だった。ほんの半年ちょっと前の卒業式では、何にも言わずに笑顔で送り出してくれたけれど、その時すでにガンだとわかっていたのだそうだ。まだ四十歳だった。お葬式には、いろいろな制服を着た、今までの教え子たちがたくさん集まっていた。
「あなたたちも、内山先生の教え子だったの?」
彼は横に首を振った。
「俺たちは、内山先生の奥さんの教え子。今、内山先生の奥さんが担任なんだ」
「内山先生の奥さんって、高校の先生なんだ?」
「うん。十和崎」
二つ隣の市だ。
わたしたちは並んで歩き出した。
「残された家族もかわいそうだよな。先生……奥さんの方、俺たちの前ではずっと普通にしてたんだ。旦那さんが病気らしいってことは聞いてたんだけど、死ぬような病気だなんて思ってなかった。本当は今までどんだけ辛かったんだろうって思うと、もっとちゃんと先生の言うこときいときゃよかったって思うよ」
「言うこときかなかったの?」
「別に反抗してたとかそんなんじゃないけど、だいたい授業は上の空だし、提出物とかも適当だったし。そういうので、余計な苦労かけてたのかなって」
しばらく黙って歩いた。何を話したらいいかわからなかったけれど、不思議と気まずさは感じなかった。
「じゃあわたし、あっちだから」
「うん。じゃあ」
結局、名前を聞くことも聞かれることもないまま別れた。
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