1 突然現れたサッカー男子

5/7
前へ
/30ページ
次へ
 再びリフティングを始めた彼が口を開いた。 「それ、たしか南高の制服だよね? 何年?」 「一年」 「じゃあ俺よりいっこ下なんだ? 今学校の帰り?」 「そうだけど、ここを通るのはたまたま。うちこっちの方じゃないから」 「そっか。一中だったらそうだよね」  一瞬、危うくボールを落としそうになったものの、うまく立て直した。 「サッカー部なの?」 「そうだよ」 「今日は部活は?」 「休み。中間テスト前だから」 「だったらそんなことしてないで、帰って勉強しなくていいわけ?」  彼は答えず、す、と一度ボールを頭に載せて、また足へと戻した。 「上手だね」 「俺、サッカー選手になりたいんだ」 「サッカー選手? 本気で?」 「もちろん。うわっ」  蹴り損ねたボールがベンチの方に転がった。彼はボールに追いついて、そのままベンチに腰を下ろした。 「俺、小田翔太。君は?」  彼が、小田翔太が、まっすぐこっちを見ている。ちょっとドギマギして視線を逸らした。 「名前何て言うの?」  小田翔太がまた聞いた。 「川口藍子(らんこ)」 「へえ。かわいい名前」  自分で耳が赤くなるのがわかる。 「突っ立ってないで座れば?」  わたしは隣に腰を下ろした。  少しして、彼が言った。 「サッカー選手になりたいって、そんなにおかしい?」 「そうじゃないけど……」  ただ、現実的じゃないと思っただけだ。 「俺としては、もちろんプロの選手になれたら一番いいけど、それがダメでも実業団とかでできたらいいなって思ってる。そのために高校も十和崎に行ったんだ。強いんだ。うちのサッカー部」 「でも、もし運よくプロになれたとしても、活躍できる人なんてほんのちょっとなんでしょう? それに現役でいられる期間も短いだろうし。ケガとか、普通の人より大変そうだし」  彼は数秒置いて口を開いた。 「川口さんは、夢とかないわけ?」 「特にない」 「将来やりたいこととか、全然ないの?」  本当に、ない。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加