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再びリフティングを始めた彼が口を開いた。
「それ、たしか南高の制服だよね? 何年?」
「一年」
「じゃあ俺よりいっこ下なんだ? 今学校の帰り?」
「そうだけど、ここを通るのはたまたま。うちこっちの方じゃないから」
「そっか。一中だったらそうだよね」
一瞬、危うくボールを落としそうになったものの、うまく立て直した。
「サッカー部なの?」
「そうだよ」
「今日は部活は?」
「休み。中間テスト前だから」
「だったらそんなことしてないで、帰って勉強しなくていいわけ?」
彼は答えず、す、と一度ボールを頭に載せて、また足へと戻した。
「上手だね」
「俺、サッカー選手になりたいんだ」
「サッカー選手? 本気で?」
「もちろん。うわっ」
蹴り損ねたボールがベンチの方に転がった。彼はボールに追いついて、そのままベンチに腰を下ろした。
「俺、小田翔太。君は?」
彼が、小田翔太が、まっすぐこっちを見ている。ちょっとドギマギして視線を逸らした。
「名前何て言うの?」
小田翔太がまた聞いた。
「川口藍子」
「へえ。かわいい名前」
自分で耳が赤くなるのがわかる。
「突っ立ってないで座れば?」
わたしは隣に腰を下ろした。
少しして、彼が言った。
「サッカー選手になりたいって、そんなにおかしい?」
「そうじゃないけど……」
ただ、現実的じゃないと思っただけだ。
「俺としては、もちろんプロの選手になれたら一番いいけど、それがダメでも実業団とかでできたらいいなって思ってる。そのために高校も十和崎に行ったんだ。強いんだ。うちのサッカー部」
「でも、もし運よくプロになれたとしても、活躍できる人なんてほんのちょっとなんでしょう? それに現役でいられる期間も短いだろうし。ケガとか、普通の人より大変そうだし」
彼は数秒置いて口を開いた。
「川口さんは、夢とかないわけ?」
「特にない」
「将来やりたいこととか、全然ないの?」
本当に、ない。
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