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 明彦を送った後、家まで戻ってきた匠と克彦は、なんだか落ち着かないまま、食事を作って食べて、それぞれにシャワーを浴びてリビングのソファにいつものように並んで座っていた。  家に着いたらすぐに抱いてくれるんじゃないかと思っていた匠としては、すこし予想外でこのまま寝てもいいものか悩んだまま、克彦を見上げる。 「今日は少し疲れたね」 「色々あったしな。もう休むか?」  克彦が優しく匠の髪を撫でる。優しい手のひらが心地よくて匠は目を閉じた。 「克彦、ごめんね」 「どうして急に謝る?」  頭上から、くすりと笑い声が聞こえて、匠が顔を上げた。 「ちゃんと克彦の言うこと聞いてたらよかったと思って」 「それは……私ももっと話をして、匠を納得させて引き止めればよかったんだ。怖い思いをさせてすまなかった。前からあの男に匠を近づけてはいけないと思っていたのに」  ライバルというのはわかるものだよ、と克彦が匠の額にキスをする。 「いつから?」 「初めて会社に来たとき、だな。すぐに匠を気に入ったのがわかったよ。その後も匠によく絡んできたし、挙句、匠がファーストネームで呼んでいたから……本当はもっと前からきつく牽制してやりたかった」  そんな前から克彦は気づいていたのか。匠には、最後まであんなことをする人だなんてわからなかった。友達になれると思っていた。 「もしかして、俺が友達だって言い張ったから……自由に会わせてくれてた?」 「というより、匠を縛り付けて嫌われたくなかった。ただでさえ、束縛するなと匠に言われていたから」  そういえばそんな時期もあったな、と思い返す。今ならそれが愛情の内だとわかるのに、少し前の自分にはわからなかった。克彦を手放したくない、愛されたい、そう思って初めて、克彦の気持ちがわかった。 「結局全部、俺が悪いんだ。俺がちゃんと克彦のことを好きでいれば、何も起きなかったんだよね」 「ゆっくり好きになってくれればいいと言ったのは私だよ。匠は何も悪くない」 「でも、弟のこと勘違いした時、初めて克彦のことを奪われたくないって思って、それでようやく自分の気持ちと向き合ったんだ。これが弟じゃなくて、本当に克彦が俺に愛想尽かして浮気してたんだとしたら、もう終わってるよね。ずっと、克彦に甘えてたことを、反省した」  匠が言うと克彦は、そういうことか、と笑い出した。 「匠が急にやる気を見せたのは、私を引き止めるためだったのか」 「そうだよ! もう、そんな笑わなくてもいいだろ」  可笑しそうに笑う克彦に、匠が頬を膨らませる。それを見て克彦が、ごめん、と言いながら匠の髪を撫でた。 「違うんだ。実は、私は少し落ち込んでいたんだよ。俺は自分で何でもできるから克彦はもういらない――そんなアピールかと思って」 「え、逆効果?」  まさか克彦がそんなふうに考えているなんて思っていなくて、匠はため息を吐く。そんな匠に克彦が優しく言葉を掛けた。 「私たちはもっとたくさん話をしなきゃいけなかったのかもしれない。私も匠にして欲しいことをちゃんと告げれば良かったね」  お互いに、相手にはよく見られたくて隠していた気持ちがあるということだろう。自分の中で、こうしてはカッコ悪いとか、迷惑になる、だなんて勝手に決め付けて飲み込んでいたことも、きっとどちらにもあるはずだ。 「今、して欲しいこと、ないの?」 「今のままの匠でいて欲しい。私は、匠に恋をして欲しいんだ。過去の……ただ尽くすだけのものは恋じゃなかったって気づいて欲しい。私に愛されたいと、ワガママでいて欲しい。甘やかされていて欲しい」 そんなことでいいのか、と匠は克彦に不服な顔を向けた。それに克彦が微笑む。 「ほら、私以外との恋なんて考えられなくなるだろう? そうしたら、私の勝ちだよ」  そういうことなら、もう克彦の勝ちだと匠は思った。この人以外のところになんて行きたいと思わない。改めてそう思う。 「匠はないの? どんなワガママでも聞くよ」  また甘やかそうとする克彦に匠は笑ってから、そうだな、と少し考えてから口を開いた。 「克彦、明日、久しぶりにデートしよう」 「仕事はいいのか?」 「……あの仕事……まだ、俺に任せてくれる、の?」 人としても設計士としてもまだまだ未熟なのだと、今回のことで痛いほど感じた。まだ匠には早いと克彦が判断するのなら受け入れるつもりだ。けれど克彦は優しい顔のまま頷いた。 「匠は前に戸建てを任せた時よりずっと成長してる。今度はきっと私が納得するデザインを出してくれると信じてるよ」 「うん! 俺、頑張るから! さっきの防音室の壁材使うから、あれで上手くいくと思うんだ」  匠が言うと、克彦は頷いて笑った。 「明彦が喜ぶな。あれは明彦の会社で作ってるものだよ。あの部屋に使ったのも私だ」 「え、あそこやってるの克彦なの?」  克彦は驚いた匠に頷いた。けれどそれで合点がいった。だから場所もすぐにわかって駆けつけてくれたのだ。 「じゃあ、今日はもう休もう。明日朝一番で少し遠くまで出かけよう」  克彦はそう提案し、立ち上がった。匠は克彦が伸ばした腕を取って立ち上がる。明日早起きするのであれば、穏やかに眠って健康的な朝を迎えるのも悪くないなと匠は思って寝室へ向かった。
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