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私の日常
とんとんと肩を叩かれ、今日も目が覚めた。
朝の光がレースのカーテン越しに部屋に射し込んでいて、チュンチュンという雀の声も………。
「ヤバい、遅刻だ。」
ボーッとする頭でも時計くらいは読める。
大学生になって、初めての独り暮らし故に実家のクセが抜けなくて、律はつい寝坊してしまった。
「あ~、朝ごはん抜きだよ、最悪だよ~。」
ご飯を食べる時間はなくて、直ぐに着替えてもギリギリ遅刻する絶妙な時刻。
そもそも早起きは苦手な方なので、独り暮らしには反対されたが、実家から往復三時間はキツかった私は絶対に寝坊しないと説得したのに。
「遅刻だ遅刻だ~。先生も遅刻してますように~!!!!」
バタバタとアパートの階段を駆け降りてると、ふとゴミ集積所に群がるカラスとバッチリ目が合った。
「おぉ?アイツ、昨日嘴におにぎりの海苔くっつけてジタバタしてた奴(笑)」
中の一羽は頭にぴょんっとクセっ毛が有り、一回りチビッ子だが、素早く動いて隙間からバナナの皮を引き出していた。
ビー玉のような黒い瞳が不思議そうに見返してくる。
他のカラスはハシブトガラスらしいが、あの子はちょっと嘴が鋭かった。
この辺も中途半端に森が存在するので、もしかしたら少数派になるが、ハシボソガラスなのかも知れない。
………あらまー、りっちゃん、ちこくだすな~。
バナナの中身がないと気付いたのか、ポトリと落とすとそのままクワッっと短く鳴いた。
不意に何処からか子供のような声が、私に話し掛けた気がしたが、この辺りは学生寮や独身者のアパートが多くて、通学の子供はとっくに学校に行っている時間だ。
「っと、カラスと見詰め合ってる場合じゃ無いわ!!遅刻だー!!!」
キョロキョロしても、子供なんて居ないので空耳か、案外可愛い顔立ちのカラスに勝手に脳内でアテレコしたのではと、気持ちを切り替えて走り出した。
空腹で胃がキリキリしたが、教室で席に着けばこっちのもの、小さなバランス携帯食のような物を鞄に常備しているので、コッソリと隅っこで齧るつもりだった。
ゼェゼェと息を切らせながら、毎朝通る道筋に有る神社の鳥居を潜った。
一応、ちゃんと手を合わせて挨拶とお供え(今日はチョコバー)をして駆け抜けてるけど、怒ってないかどうかは判らない。
木がそこそこ植えられてる割には明るく、小綺麗にされてる所を見ると、定期的に近所の人か神主さんが掃除しているようだ。
「うん?うげ~、またあの変なオジサンがフラフラしてる。昼間から何してんだろ?リストラとかなのかな?」
神社を抜けて、しばらく走ってると交差点の所に草臥れたスーツのオジサンが立っているのを見付けて、律は顔をしかめた。
理由は別によれよれのスーツだからとか、ボーッとする冴えない姿がどうとかだけではない。
ブツブツと小声で何やらずっと悪態を吐きつつ、体をゆらゆらさせて、まるで自分以外に誰も居ないかのように通行人は丸無視なのだ。
律の目には、危ない人にしか見えなくて、どうしても側を通りたくない。
だが、オジサンの居る所の横断歩道を渡った先が大学なのだ。
律は他の人がするように、関わり合いにならない事を願いつつ、知らない振りで気持ち距離を取りつつ通り抜けた。
(うーわー、悪口ばっかよくも延々と呟き続けられるよね!?最近は居なかったのに、運悪い。)
朝の爽やかな光がそこだけどんよりと淀んでる気がして、足早に駆け去った律であった。
教室に着くと、そっとドアを開けて滑り込んだ律だったが………。
「館林律!!君は遅刻だよ。確り見えているからね!!」
「ヘァッ!?す、スミマセン!!!先生!!」
残念ながらやっぱり遅刻になったようで、確りと教授の持つ出席票に遅刻のバツが付けられてしまった。
しょんぼりとチョコ味の携帯食を齧って、コッソリとお茶で流し込んでると、また睨まれたが前で騒ぐ留学生よりはマシかと思い直したのか、溜め息で見逃してくれた。
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