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「マジかよ」
俺は思わず独り言を漏らした。パソコン画面には「姫ちゃん@オンライン撮影会のお知らせ」と表示されている。姫ちゃんとは、有名女性コスプレイヤーの名前だ。彼女がいるイベント会場はいつも黒山の人だかりで、最前列は大御所のカメラ小僧や古参ファンが陣取っている。
そんな調子の姫ちゃんの撮影会だが、今回はいつもとは違う。画面越しではあるが、誰にも邪魔されずに姫ちゃんを撮影する大チャンスなのではないだろうか。俺は「詳細」と書かれたボタンをクリックした。
「オンライン撮影会とは、ビデオ通話アプリを通して行う撮影会のことでございます。参加者は毎回十名限定で、高画質の配信となっております。参加者の方は画面には表示されず、モデルのみが映し出されます。お手持ちのカメラでの撮影をお楽しみください。また、通話にてモデルにご希望のポーズをお申し付けいただくことも可能です。会員登録はこちらになります。多くのご参加をお待ちしております」
俺の目は「ご希望のポーズ」という文言に釘付けになった。あの姫ちゃんにポーズのお願いができる。それが俺の心を鷲掴みにした。画面越しでもなんでも構わない。俺の望むポーズをとる姫ちゃん。俺だけの姫ちゃんのベストショット。迷わず会員登録のボタンをクリックした。
撮影会当日、開始時間ちょうどになると、魔法少女のコスプレをした姫ちゃんの姿がパソコン画面に大きく映し出された。
「こんばんは。姫です。撮影会に当選したラッキーな皆さん、今日は来てくれてありがとう! かわいく撮ってくださいね」
いつかのイベント会場で微かに聞いたことのある姫ちゃんの声がイヤホンから流れてくる。それだけで参加した価値があったと思った。
撮影会は前半が姫ちゃんの用意したコスチュームとポーズでの撮影を三十分、後半が参加者のリクエストによる撮影を三十分という構成らしい。
「じゃあ、撮影を始めまーす。まずはみんな大好きな魔女っ子ちゃんだよ」
姫ちゃんが笑顔で手を振り、ピタッと顔の横で手を止めてポーズをとる。
俺は慌ててカメラを構えた。
しばらく撮影してから気付いたが、部屋に響くシャッター音は俺のカメラが出すものだけのようだった。どうやら他の参加者は姿が見えないだけではなく、それぞれの音声も流れないようになっているらしい。この通話ルームのホストである姫ちゃん側がそのような設定にしているのだろう。姫ちゃんの口から時々漏れる笑い声や吐息を両耳で聞きながら、彼女の姿をカメラに納め続けた。
「では、皆さんお待ちかねのリクエストタイムでーす。好きなポーズをどんどん教えてね」
姫ちゃんの声が途絶えるやいなや、俺はあるキャラクターを象徴するポーズを叫んだ。二拍ほどのタイムラグの後、ふふっと笑う声が聞こえた。
「皆さん、ちょっと落ち着いて。時間はまだまだたくさんありますよ。じゃあ、最初は一番早かった人のリクエストにお答えしまーす」
そう言うと、姫ちゃんは笑顔で俺が叫んだポーズをとる。おお、と思わず唸るとまた姫ちゃんがふふっと笑った。
「気に入ってくれたみたいですね。もっともっと好きなポーズを教えてください」
俺は次々とポーズのお願いをした。姫ちゃんが俺の言うとおりのポーズを決めてくれるなんて、天にも昇る気持ちだった。
「そろそろ次の方のリクエストに移りましょうか。最後にしてほしいポーズはありますか?」
俺は躊躇した後、外での撮影会なら到底あり得ない、きわどいポーズを口にした。しばらく沈黙が続き、慌てて別のポーズに変更しようとしたそのとき、画面の向こうの姫ちゃんが微笑んだ。
「仕方ないですね。特別サービスですよ。でもあまり大勢の人に見られたくないから、リクエストしてくれたあなただけに見せますね。他の人は少し待っててください。すぐ戻るからね」
そう言って何やら操作をする姫ちゃん。俺の画面は先程と何も変わっていないが、他の参加者には何も見えていないのだろうか。
「じゃあ、最後のポーズは○○さんのためだけにとりますからね」
姫ちゃんは俺の名前を呼ぶと、先程言ったとおりのポーズを決めてくれた。俺は夢中で何度もシャッターを切った。しばらくして姫ちゃんは身なりを整え、また何やら操作をした。
「はい。お待たせしました。次のリクエストお願いします」
俺へのサービスタイムが終わったことを告げる姫ちゃん。少し寂しい気持ちもあるが、写真は十分撮れた。もう思い残すことはない。
その後、何度か他の参加者のリクエストがあったが、最後のワンショットになると必ず俺の画面にはどこかの外国らしき風景の映像が流れた。なるほど、俺のリクエストのときも他の参加者はこの映像を見ていたのだな。
ほっとすると同時に、嫉妬心も湧いてきた。他のやつは姫ちゃんにどんな格好をさせているのだろう。俺よりきわどいポーズを頼んでいやしないか、自分のしたことを棚に上げてそのことばかりが気になった。
あっという間にオンライン撮影会終了の時間がやってきた。姫ちゃんが名残惜しそうに手を振る。
「皆さん、今日はどうもありがとう! とっても楽しかったです。良かったらまた参加してくださいね。バイバイ」
翌日、今度姫ちゃんの撮影会が開かれるのはいつだろうとパソコンを起動させると、メールボックスに一件の新着メールがあるのに気がついた。それは撮影会運営からのメールで「ご参加ありがとうございました」という題名がついていた。
「この度はオンライン撮影会にご参加いただきましてありがとうございました。参加者の皆様へのささやかな御礼として、運営だけが撮影できる特別な裏ショットを添付させていただきました。またのご参加を心よりお待ち申し上げます」
よく見ると、確かに画像ファイルが添付されている。「裏」という意味ありげな言葉に期待しつつ、俺は画像ファイルを開いた。
そこには、己の欲望に顔を歪めてカメラを構えた醜い男の姿が写っていた。
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