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由奈の手が、男のトレンチコートの襟に掛かる。
痛くて苦しくて、思わず掴んだ。
トレンチコートの奥に光る社章。
「あ…」
スーツの襟についている社章はとても特徴のあるもので、由奈の会社のものだった。
「あなた…うちの会社の人…」
呻きながら言うと、男はハッとして手を離した。
その時、電車の扉が開いた。
駅についたのだ。
男は身体を翻すと、すごい速さで逃げていった。
何人かの男性が男を追いかけて電車を降りていった。
回りの女性が、由奈を駅のホームまで連れて行く。
「大丈夫?ごめんね…助けられなくて…」
中にはそんな声を掛けてくれる年配の女性も居た。
体の震えが止らない。
頭の痛みも掴まれた腕の痛みも、今は感じない。
ただ、身体が震えてしょうがなかった。
喋れない由奈を、女性たちは駅員に預けた。
状況を説明すると駅員は無線で連絡を始めた。
電車は発車することなく、ホームに留まり続けた。
由奈を駅員事務室に連れて行くと、毛布を掛けソファに座らせてくれた。
やがて男を追いかけていった男性たちが戻ってくるが、取り逃してしまったと悔しそうにしている。
駅員は防犯カメラの映像などを確認し、警察に連絡している。
「証言しますから…」
そう言って残ってくれていた人も居た。
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