第二章

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「…おい…」 由奈の近くに立つ男性が、いきなり腕を掴んだ。 「俺のことか」 「え…?」 「今、溜息ついただろう!?俺のことか!?え?何が気に入らないんだ!?」 「ちょっ…やめてくださいっ…」 腕を振り払おうとしても、すごい力で掴まれて振りほどけない。 回りの人は一斉に半歩ほど後ずさる。 男は口角に泡を溜め、尚も由奈に迫る。 「俺の事を見て溜息ついたんだろう!?」 「違います!」 どんどん角に追い込まれていって、逃げ場がない。 男は50代くらいのサラリーマンだった。 タバコ臭い息を、由奈の顔に吐きかけている。 ヨレヨレのトレンチコートは、何年も洗っていないように見えた。 「俺のこと、そんなに嫌か…」 「えっ?」 「そんなに俺はみじめか…」 「え?」 「そんな目でみるなあああっ!」 がつんと目の前に火花が散った。 この男とは何度か電車で乗り合わせたことはある。 だが、話したことなんてない。 なぜ今、こんなことをされているのか、由奈には全くわからなかった。 頬が熱い。殴られた。 男性に殴られるのなんて初めてだった。 ショックで由奈は言葉が出てこない。 男は由奈の髪の毛を掴むと、更に壁に頭を打ちつけた。 「バカにして…俺のことバカにしやがって…」 ブツブツ言いながら腕を動かす男を止める者はだれも居なかった。
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