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隆一は一礼して、舞台から退いた。直後に司会者がアナウンスを始める。定期演奏会の終演と最後まで付き合ってくれたことへの感謝。隆一が出しているCDや楽譜集といった物販の案内などが読み上げられる。その間に何名かの客は帰ったようだがほとんど目立たない。映画のエンドロールまで堪能している観客のように見えた。
アナウンスを最後まで舞台裏で聞き届けた隆一は、楽器を持って楽屋へ引っ込んだ。本当はロビーで送り出しをするべきなのだが、昔からどうしても苦手であった。
やがて客が全員帰ったのを見計らい、隆一はロビーへ上がった。音楽堂のスタッフがテーブルの片づけをしており、邪魔にならないように再び楽屋へ戻っていく。冴子はその途中で待ち構えていた。
「おつかれさん」
ステージ衣装の黄色いドレス姿のまま、冴子は気さくに声をかけてきた。
「疲れてないのか」
「毎度のことでしょ、今更文句はないって」
「今日は昼間に別のステージの練習があったんだろう」
「そっちはバイオリンだったけどね。男の趣味に合わせて服とか言動とかを変えるみたいで、それも楽しいもんよ」
「女優になれそうだな」
「そりゃ面白そうね」
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