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悟くんはエレベーターが指定階に着くまでのほんの少しの間で、非常に端的な説明をくれた。
「……亜朗はある人を『傷付けた』って、めちゃくちゃ傷付いたって……『心が裂ける音みたいな声』で泣いたって……」
あぁ……、
…………やっぱりそうか……。
昨日、亜朗は例の『アダ名』の人と話しをすると決めて皐月に戻った。
その亜朗を寮まで車で送り届けたのは俺。
寮の玄関には、大人びていたから多分先輩だと思われる2人がいて。
きっとそのどっちかが『アダ名』の人なんだろうと思った。
そしてさっき世から、亜朗は『先輩の部屋で急に寝落たそうで自室にはいない』と聞いた。
だから……昨日俺らといた時に「結局俺は、傷付ける事しかできない……」と苦しそうに呟く程傷付いていた亜朗は、『アダ名』の本人と話すと決めた事も、話す時も……ずっとずっと苦しくて、『傷付けていた』と傷付いていたに違いない……。
それに、『アダ名』の人が亜朗に何と言ったかは分からないが、世は部屋の主──────コレが『アダ名』の人で間違いない───────が『自分が一緒に寝てる時に、亜朗の頭に肘当たったりしたのかも』と、凄く気にして心配して泣いていると聞いた。
…………そんな人が亜朗に何か冷たい言葉を吐くとは思えない。
そもそも自らその『アダ名』を呼ばせてる以上、亜朗に酷い言葉を吐く訳はない。
世の中にはこっちの常識が通じない訳の分からない輩もいるが、皐月に通ってる生徒でソレはないだろう。
その辺は喬二も大地も信用してる。
つまり、亜朗は自ら傷付き……、
心が辛くて……、
心が壊れそうになって……、
だから……眠りから覚めたくないのかも知れない……。
「……ウチの母親と同じ、なのかなって……ちょっとそんな気ぃしてます……」
うん。
俺もそんな気がする。
エレベーターが到着し、フロアを歩きながら言った悟くんの言葉に心の中で同意をする。
でも。俺は精神科医じゃないけど、ソレを簡単に口にする訳にはいかない。
「……可能性は……なくはない、かな……? 」
「…………─────ぁ、ここがそいつの部屋です」
俺が言える精一杯の言葉を吐くと、悟くんは俺の気持ちを分かってくれたように少し無言だったが、1つのドアの前で足を止めた。
ドアの横にあるネームプレートには、
『及川 朱羽』
『仁科 真』
と記されている。
『名前の頭2文字取って『ナニちゃん』と呼んでる』と、昨日亜朗は言った。
『朱羽』は『シュウ』と読むのだろう。頭2文字だと『シュちゃん』になる。
『シュちゃん』はさすがに違和感がある。普通に考えて『シュウちゃん』になるはず。
だから、この及川くんは『アダ名』の人ではないな。
……ということは、『マコト』くんが『マコちゃん』という『アダ名』の人で間違いなさそうだ……。
コンコン……━━━━━━━━━━━
悟くんがドアをノックすると、数秒ですぐにドアが開く。
「お待ちしてました藤宮先せ───────あれ? 陣内くん? 」
「竹内先生おはようございます」
ペコリ、と世に頭を下げる悟くん。
「玄関でばったり会って、ここまで案内してくれた。悟くんとは昔ちょっとあって知り合いなんだ♪」
そう言って、世に笑顔を向ける。
……上手く笑えているだろうか……。
…………少し、
ほんの少しだけ……、
『このドアを開けて顔を出すのが亜朗でありますように……』
そう願っていた自分がいた……。
しかしその願いは叶わず、顔を出したのは世だった。
ガッカリした気持ちが表情に出てしまっていたなら、世に申し訳ない。
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