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オウム返しではあったが愛称を呼ばれたことが嬉しそうに笑ったのも一瞬。
すぐにセオドアはアーサーとも話しをさせようと亜朗の視線をアーサーの方へ促そうとする。
亜朗の存在に自分の全ての気を取られ、アーサーの存在を若干忘れかけていたことへの罪滅ぼしもある。
「そ、そうだ! テディだ♪で、こっちがとても優しく、とても優秀な俺の兄の────────」
「「「「アーサー(様)っ!?!?? 」」」」
セオドアと亜朗のやり取りを見ていたのは、講堂内にいた全員。
あれだけ貴族らしさをど忘れしたかのようなセオドアと、セオドアを若干マコシュー扱いしている面白い亜朗がいたのだから、誰もがそちらに気を取られるのは当然。
だから、セオドアは亜朗の視線を促したが、それに他全員も促される訳で。
「……っ、ズビ……ッ」
…………つまり、涙ぐんで亜朗を見ていたアーサーに今やっと全員気付いたのだ…………。
「…………? 」
涙目のアーサーを見て亜朗は何か思うところがあだたのか、つい先日も思い返した自分の記憶をもう一度辿ってみる。
「アアア、アートっ!? ど、どうした!? お、俺ばっかりアロと喋ってたのが気に入らなかったか!? ゴメン! ゴメンな!? 」
慌てふためくセオドアの言葉に、小さく首を横に振るアーサー。
その様子をみながら、亜朗はセオドアが言った『アート』という愛称に聞き覚えがあることに自分自身が驚いていた。
『アート』
『テディ』
その名前には聞き覚えがある。
聞き覚えどころか、そう呼んだ記憶もある。
その記憶はつい先日、理事長で思い返したもの。
祖父である慈朗の家で。
『死にいたい』と言った外国人のおじさんと。
そのおじさんに怒った祖母の睦子から、おじさんを庇っていた2人の子供。
その2人とは、たった1日だけ一緒に遊んだ。
『アロ! も、いっかい! ワンモア! 』
『あはは♪テディくんは負けず嫌いなんだね♪』
『『マケ』? 『ズラ』? 』
『テディ、『マケズキライ』だ♪マケるの、イヤ、てコト♪defeatがhate♪』
『あぁ! YES! マケズキライ! アートも! だから、も、いっかい! 』
『アートくんも負けず嫌いなの? 』
『はい! ボクもマケズキライ! だから、もういっかい、カルタやろ! 』
『ふふ♪じゃあもう1回やろ♪』
「………………ぁ、……」
目の前のこの2人が、あの時の『アート』と『テディ』だというのか……。
「そ、そうか! ならば、ほ、ほら! アロだぞ〜? 我がガルガンド家の『命の恩人』のアロだぞ〜? 可愛い可愛いアロだぞ〜? あの頃と変わらず優しくて聡明そうなアロだ♪な? 会いたかったな〜? ずーっと会いたいと思ってたもんな〜? 良かったな〜? 」
グイ、と亜朗の両肩を後ろから軽く押し、亜朗をアーサーの前に立たせる。
アーサーの涙を止めたいセオドアは必死である。
正直なところ、父である前ガルガンド侯爵閣下が亡くなった時を除けば、セオドアですらアーサーの涙を最後に見たのは8歳の子供の頃。
父が亡くなった時も、泣いた数時間後には憔悴はしていたものの早急に葬儀の手配や各方面への訃報を知らせる為に忙しくしていた。
幼い頃から由緒正しい侯爵家の次期当主として生きてきたアーサー。
一時は家門そのもの自体が存続を危ぶまれる事態になったからこそ、恐らくどの家の嫡男よりも次期当主として、弱味を見せずに生きてきたはず。
セオドアも同じ家門とはいっても、次期当主としてのアーサーの苦労の全ては理解できない。
そのアーサーが本国イングランドではなく遠い異国の日本とはいえ、同じ貴族のいる場で弱々しく涙を見せるなど、本来のアーサーであれば考えられないこと。
セオドアがあのように動揺してしまうのも致し方無い。
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