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「アロが俺の愛する人であることと……俺やアート、父上の命の恩人だからだ」
「……ぉ、れ……そんなことしてない……、ひ、人違い……」
再び弱々しく首を振る亜朗。
─────────を、見る目付きが鋭くなるヘンリー。
セオドアの言葉を否定し、なかなかセオドアの忠誠を受け入れない亜朗にヘンリーは若干の苛つきを覚え始めた。
レジーやイーサンの様子を盗み見ると、2人は黙って成り行きを見守っている。
自分も見守るべきだと分かっているのに『あのセオドア様がここまで言っているのに』という思いの方が勝り一歩踏み出そうとしたその時──────────
「桜岡、本当に覚えはないのか? 」
「ノ、ノリ、先輩……」
───────────後ろ手を回し、ヘンリーを止めたのはノリだった。
ノリに止められたヘンリーは、イーサンから「一樹が止めなかったら俺が殴ってた……」とボソッと言われ、「申し訳ありません……」と答え、ややシュン、としたままノリと亜朗を見詰める。
「アーサーとセオドアの2人が桜岡を『命の恩人』だと言うからには、2人の記憶は共通してるんじゃないか? 2人分の記憶がいっぺんに同じ思い違いをしている可能性はあまり高くないと俺は思うけど? 」
「そ……れは……」
ノリにそう言われ、亜朗もその可能性の低さに気付く。
2人の様子を見ていたアーサーは、ゆっくりと手を伸ばしてそっと亜朗の頭を撫でる。
「アロ、ごめんね? いきなり『命の恩人』だなんて重たいものを押し付けられたら、誰だって戸惑うよね? 俺とテディが良くなかったね。本当にごめんね? 」
「……アー、ト……」
アーサーの『ごめんね』に首を横に振る亜朗の表情が辛そうに見え、自分とセオドアの振る舞いが亜朗を追い詰めていたことに気付いたアーサー。
幸せに笑う顔が見たくて皐月学園まで来たのに、今亜朗に辛そうな表情をさせているのが自分達であること。
自分自身を殴りたい気持ちになるが、その気持ちを殺しアーサーは亜朗に微笑む。
「アロが『命の恩人』であることは本当に間違いのないことなんだ……」
どこか悲しそうなアーサーの微笑み。
「……あの日のこと……アロはどのくらい覚えてる? 」
アーサーに聞かれ、亜朗はつい先日も思い返した記憶を辿る。
「…………あの日、ジイちゃんの家で……バアちゃんが、怒ってる声……が聞こえてきて……」
「うん」
「それで…………アートとテディが泣いてる声も聞こえて……」
「……うん」
「バアちゃんに怒られて泣いてると思ったから……」
「ぅん……」
「バアちゃん止めなきゃ、って……」
頭の中を整理しながら話すことで、アーサーとセオドアからの突然の告白に戸惑い、頭が回っていなかったことに気付いた亜朗は少し冷静さを取り戻す。
亜朗の僅かな表情の変化で、そのことに気付いたアーサーは「そこから記憶があるなら……」と、自分も口を開く。
「あの日の話しと、そもそもあの日俺とテディが何故睦子おば様の家にいたのかの話しをしよう……」
その言葉に、亜朗だけではなく講堂内の全員の意識が集中する。
「……前ガルガンド侯爵であった我が父は、誰にでも別け隔てなく優しく、身分に対して貴賤のない人だった……」
「そんな父が妻に迎えた我が母は、爵位など持たない所謂一般人─────────昔風に言うと平民。しかし2人は大恋愛の末の結婚で、息子の俺から見てもいつも仲睦まじく……幸せそうな2人だったと俺の幼い記憶に残っている」
「テディが2歳でガルガンドの養子にきた時も、父上と母上は2人の本当の息子のように愛し、俺も一時はテディは本当に血の繋がった自分の弟だと思っていたくらい、俺とテディを同じように愛してくれていた……」
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