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ようやくレジーが落ち着いたのを見たアーサーは、再び亜朗が『命の恩人』となった日のことを話し始めた。
「……母上を失い絶望の中にいた父上……、父上に目の前で『死にたい』と口にされ、自分は愛されていない、捨てられるのだという絶望の中にいた俺とテディ……」
そこで言葉を区切り、アーサーは未だ亜朗に跪いているセオドアの背中に手を置き、そして微かに潤む瞳で亜朗を見詰める。
「そんな……絶望に支配されたかのような重苦しい場に突如として現れたのが……、アロ……キミだった……」
アーサーにそう言われ、そのことに覚えがある亜朗はゴクリ、と喉を鳴らす。
喉が鳴ったのは、自分が『命の恩人』であることが確定しそうなことに対してではない。
先ほどからのアーサーの話しと、つい先日も自分が思い返していた記憶に相違がないからである。
つまりアーサーと亜朗は、同じ記憶を持っているということ。
それは─────────────
「アロは部屋の中に走って来ると……、『死にたい』と言ったあと号泣していた父上をその小さな体で抱き締めてくれた……」
「そして睦子おば様に……『おばあちゃん、おこったこえやめてあげて』と言い……」
「父上には『おじさん、なかないで』と……『こどもたち、ないてるよ』……『おとうさんなら、こどもなかせちゃダメだよ』……」
────────────この言葉のように、亜朗がその日、千尋と三つ子に知られたくない事実を口にしたことを覚えているということ……。
そのことに気付いた亜朗の顔が少しずつ青ざめてゆき、セオドアに取られている手も震えてくる。
「……ァ……、ゃ……」
アーサーの名前を呼び、『やめて』て言いたいのに喉が開かない。呼吸も細くなり、息苦しい。
ただアーサーを見詰めることしかできない。
「それからアロは…………」
亜朗と目が合ったままのアーサーは、そこで間を取ると亜朗に柔らかく微笑む。
周りから見れば、アーサーが亜朗への感謝の気持ちからの好意の微笑みに見えるだろうが、実際はそうではない。
亜朗の瞳に『恐怖』があることに気付き、安心させる為の微笑みだ。
「アロは、『おれもかなしくさせたくないひとがいる』、『ないてほしくないひとがいる』、『だからがんばるってきめたよ』……そう言って、父上に『おれもがんばるから、おじさんもがんばろう』と……」
「……『いっしょにがんばろう』……『いっしょなら、ふたりならいっぱいがんばれるとおもうよ』……そう言ってくれた……」
ポン、と亜朗の肩に手を乗せたアーサー。
「あの時……俺とテディは泣くことしかできなかった……。ただの一言も父上に『俺達が力になる』とも、『共に生きて欲しい』とも言えず……」
「……っそ、それは……仕方なぃ、と……」
アーサーが『おれも、しのうとしたけど、がんばるってきめたよ』という言葉だけ言わなかったのは記憶がないのか、それともわざとそれだけを省いたのかは判断がつかないが、ともかく亜朗にとってはアーサーがその一言を言わなかったという事実だけが重要で。
なるべく自分も平静を装い言葉を返そうとするが、あまり上手くいかず震えてしまう。
しかし、レジーでさえ号泣するような話しの内容だけに、亜朗の声の震えに疑問を抱く者は1人としていなかった。
「……父上は、突然現れた自分の息子と然程変わらない年齢のアロからかけられた言葉に相当な衝撃を受け……、その結果父上は踏み止まり、今一度俺とテディと共に生きる道を選んでくれたんだ……」
アーサーが亜朗に向ける瞳が揺らぐ。
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