彼女は幸せだったのか?

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 「ええ、そうしようと思ってるわ。…身体にも、障るしね。」彼女がこちらを向く。  その顔に、迷いはなかった。  そんな顔を見てしまうと、引き下がるしかなくなってしまう。  できれば彼女には、いい人と結婚してほしい。  僕ではない、他の誰かと。  でも、そんな彼女への思いを、僕の心は邪魔をする。  脳がいくらそう考え、思っても、心では彼女を僕だけの物にしたいという欲望がむき出しになっている。心では、だ。  人間は誰でも心のままに動いている。  恋愛だって、脳で、『この人が好きになる』と思ってするものじゃない。  犯罪も、半数が心のままに動いた結果だろう。それは、怒りと言ったり、悲しみと言ったり。失恋したことが動機にもなる。  結局、脳が心に勝つ日は来ないのだろう。  本能のままに動くのが人間だ。  しかし僕は、少し自制心というものを身に付けないといけないようだった。このままだと彼女を不快な気分にしかねない。  それはダメだ。彼女には、僕とは違う幸せな人生を送ってもらいたい。  僕があれこれ考えているうちに、日は沈む。  残り半分となったところで、彼女が声をあげた。もう時間ね。飛行機は大丈夫なの?心から心配する声だった。  僕はそれに答える。「大丈夫、明日の朝一の便で帰るから。」今日は、空港の近くに住む友人が、家に泊めてくれる。  そう、大丈夫なの。しっとりとした声。彼女は、名残惜しそうに僕を見つめた。  いつも、この時間が嫌いだった。  彼女と別れなければ行けない時間。子供の頃なら、楽しい遊びを中断して、家に帰らなければならない時間。  このままずっと、ここにいたい。  彼女とここで、一生の時間を共にしたかった。  しかし僕は帰らなければいけなかった。  子供の頃のように。  楽しい時間は、あっという間に過ぎる。  「また来年。」  「…また、来年。」  人影のない公園で、僕達の声が行き交う。  懐かしさの残る道を歩く途中振り替えると、彼女はまだ、僕に手を振っていた。  その光景を最後に。  僕はとうとう、二十歳になる彼女を見届けることはできなかった。  
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