彼女は幸せだったのか?

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 彼女に会えない月日は、泥に足をとられたように遅い。  歳を取り、昔のように働けなくなった母を支えながら働く。  『僕のため』ではなく、『誰かのため』に。  疲れる。周りばかり気にしながら、上司の機嫌取りをするのは。  疲れる。会えば愚痴しか溢さない上辺だけの友人の相手をするのは。  疲れる。壁のなかに閉じ籠り、独りになりたいと思うのは。  あの頃に戻りたかった。  緑に困れた故郷で、彼女と、屈託無く笑い合ったあの頃に。  周りの目なんて気にしなくて良かった子供時代に。  残念ながら僕は、なりたい自分になれなかった。  子供の頃に夢見て、描いた夢が叶うことはなかった。  泣きたくなるような現実を、只ひたすら見つめ続けて。  唯一手に残った一粒の幸せも、こぼれ落ちた。  独りになりたかった。  いや、彼女と二人で幸せになりたかった。  気が付けば足は、生まれ育った故郷に向く。  泣き合い、喧嘩し、笑い合った思い出が、ここには残っている。  二人で木登りした木に手を添えた。  記憶が鮮明に呼び戻される。  あの頃は、今、こんなことになるなんて、思ってもいなかった。  幸せだった日々。  それと共に、彼女は、ここで終わらない夢を見る。 「ただいま、姉ちゃん。」    そっと呟いてみた。 『お帰り。』  彼女は、いつものように笑ってはくれない。  風が吹いた。  思わず溢れた涙を、さらっていく。  彼女は、幸せだったのか?  尋ねようとも、答える者はいなかった。
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