駅前マスターは名探偵 #オンライン〇〇

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駅前マスターは名探偵 #オンライン〇〇

 社会人になってから十年も経つと、仕事にも生活にもある程度の時間的余裕が生まれて「仕事帰りに学生時代の友人と会って酒を飲む」なんてことが、割と簡単にできるようになる。  間違ってはいけないのが、時間に余裕があっても、決して金銭的に余裕があるわけではないということだ。ここを履き違えると痛い目を見る。足繁く通う馴染みの店は、学生の頃と大して変わらない。  しかし今日の俺の足が向いたのは、馴染みの居酒屋でなければ、階下の自分の店でもなく、パソコンが置いてある自宅のワークスペースだった。  大学を卒業してからというもの、パソコンを触るのは店の帳簿を付けるときくらいになってしまい、触る時間がめっきり少なくなってしまった。そんな俺の事情はお構いなしに技術というのは日々進歩していて、必要に迫られていざ新しいものに触れようとすると、三十を超えた年齢が思った以上に高いハードルになる。  パソコンを起動し、友人から送られてきたメールに記載されているURLをクリックして、パスワードを入力する。  ユーザー名には『水無瀬(みなせ)慎司(しんじ)』と本名をそのまま入力した。  開始ボタンをクリックすると突然パッと画面に自分の顔が映し出されて、完全に油断していた俺は驚き、思わずちょっと体を逸らしてパソコンから離れる。  水無瀬慎司、三十三歳。都心の駅前で営業するBARスルースの店長。  今夜、オンライン飲み会デビューします。 『おっ、慎司やっと来た‪‪〜‬お疲れ!』 「ごめんごめん、テレビ会議って初めてだからよくわかんなくて」  自分の顔が映る横、四分割された画面に友人四人の顔がそれぞれ映る。  最初に声をかけてくれたのは、今日の飲み会を主催したヒロユキ。明るいお調子者で、大学時代も男女問わず交友関係が広かった。 『そうなの?私なんか仕事のほとんどがもうコレよ』  画面越しでも完璧にフルメイクがキマっている彼女は、俺たちの中で紅一点のエリ。昔から気が強い性格だったが、そこはあまり変わっていない気がする。…いや、少し雰囲気が丸くなったか? 『エリは今海外だったか。それならオンラインが中心になるのも納得だな』  画面を見つめながらふっと表情を緩めたユウヤは、細いフレームの眼鏡が相変わらず似合っていて、彼の真面目な性格を象徴しているように見えた。 『僕もけっこう使ってるけど、意外と便利だよねー』  のんびりとした口調でそう言ったのはマサト。外見こそ変わったものの中身は学生の頃と同じ、穏やかで優しい性格はどうやら変わっていないらしい。  俺たちは大学時代、よく五人で連んで過ごしていた。性格も趣味も皆バラバラだったが、個人のことに干渉し過ぎない、ほど良い距離を保ってくれる四人が俺は好きだったし、恐らく四人も似たようなものだったと思う。 『それじゃー慎司も来たし、乾杯するか!みんなお酒ある?』  それぞれ用意していた酒を手に取る。缶ビールだったり酎ハイだったり、俺も用意していたハイボールのグラスを持った。 『では、久々の俺たちの集合を祝して!乾杯!』  ヒロユキが発した乾杯の合図で酒を掲げて、グラスに口をつける。普段は自分で飲む酒はシンプルなものにするのだが、今日は細かく砕いた氷に絞ったグレープフルーツ、レモン、そこにウィスキーと炭酸水を合わせて、柑橘の効いたハイボールカクテルにした。  シンプルなロックや水割りも酒本来の味を楽しめて良いのだが、カクテルにすると、良く知った酒の違う一面を見た気分になれて、これはこれで良い。  皆が缶から直接酒を飲んでいる中、俺だけグラスを持っていることに、最初に気付いたのはユウヤだった。 『慎司のそれは、カクテルか?自分で作ったのか』 『東京でバーテンダーやってるって言ってたもんね。帰国したら一回行ってみたいなぁ』 「独立して店持ってから、なんだかんだで五年かな。みんなならいつでも歓迎するよ」  店の経営も落ち着いて、常連客もありがたいことにたくさんできて、自信を持って友人を招待できる店になった。いつか、とっておきの酒と料理で四人をもてなしたい。 『僕知ってるよ。慎司くん、探偵バーテンダーって呼ばれてるんでしょ?この前夕方のニュースでやってたから子供と見ちゃった』 『それ俺も見た!お客さんの職業とか、その日の行動とか、少し話しただけで全部言い当てるってやつ。カッコいいよなぁ、ドラマの主人公みたい』  マサトとヒロユキの言葉に、照れ臭くなって顔を半分手で覆う。そういえば少し前にテレビ局の取材があったのだが、放送は平日の夕方だから知人には見られないだろうと油断していた。 「恥ずかしいなー。言っとくけど、俺が自分で名乗ってるわけじゃないからね?」 『だが確かに、慎司は学生の頃から人を観察する癖があった』 『そうよー。私がメイクの色変えたり前髪切ったとき、慎司くんは必ず気付いて褒めてくれたもん』  それはだいたい誰でも気付くのでは?と思いつつ、ユウヤとエリが学生時代のことを口にしたのをきっかけに、話題は大学に通っていた頃の話に移る。懐かしさと、学生時代に戻ったような温かいむず痒さを胸に感じながら、久々にゆったりした気持ちでグラスを傾けた。  飲み始めて一時間もすると、酒が回って皆いい感じに出来上がってきた。今夜はオンライン飲み会であり、眠くなればそのまま寝ればいい安心感からか、四人ともいつもよりだいぶ酔っているように見えた。 『それでさ〜〜実家に帰るたびに親がうっさいのよ。結婚とか子供とか、私は自分で独身選んでんの!誰かと共同生活とか無理寄りの無理!!』 『わかるよー、子供は可愛いけど大変だもん。独身で楽しいならそれでいいんじゃないかなぁ』  エリとマサトは互いの家族の話に花を咲かせていて、先ほどからエリの実家の愚痴が止まらない。  学生の頃から恋愛にまるで興味を示さなかった彼女に、親からの将来に対するプレッシャーは辛いものがあるだろうな……などと頭の片隅で考えたりしたが、実のところ、俺は今全く別のことで頭がいっぱいだった。  俺と同じように二人の話に耳を傾けている、ヒロユキとユウヤ。相槌を打ったり、酒を飲んだりしながら、時々パソコン越しに何かを見るように視線をチラリと上へ逸らしている。  俺の推理が正しければ、この二人、付き合っている。それも、今同じ部屋からオンライン飲み会に参加しているのではないだろうか?  最初に気になったのは照明の色だった。同じ画面に五人分の顔と背景が並ぶと、部屋の照明の色によって白く見えたりベージュっぽく見えたり、多少の違いが生まれる。ヒロユキとユウヤの画面は隣り合っていないためわかりにくいが、よく見ると、二人とも照明の色と明るさが全く同じなのだ。  一度気付いてしまうと俺の追求心は止まらない。ヒロユキの背景に見える土壁風の壁紙と、ユウヤの背景に少しだけ映り込んでいる特徴的なグレーのアクセントクロス。どちらも同じハウスメーカーが新作として売り出している高価な壁紙。  特に俺の疑念を確信に変えたのは、ヒロユキの背後の本棚に置いてある、難しそうな技術本の数々だった。昔から勉強は好まず、営業職の彼がそんなものを読むとは思えない。あれは恐らくエンジニアとして働いているユウヤの持ち物だ。  さて、謎を解いてしまうと、当然答え合わせがしたくなる。二人だけに見える個人チャットにメッセージを書き込んだ。  ーーーお前たち同棲してるだろ。  ルームシェアではなく敢えて同棲と書いたのは、先ほどからチラチラとパソコン越しに視線を合わせ目を細めている様子が、とてもただの友人同士には見えなかったからだ。  送信ボタンをクリックすると、ヒロユキとユウヤの目が画面下部のメッセージ欄に向けられる。  そして次の瞬間、二人そろってバッと勢いよく顔を上げた。傍から見ればただ画面を見ているようだが、たぶん、俺の顔を見ているのだろう。二人の反応が露骨すぎて、俺は笑いそうになる顔を隠すのに必死だった。 (図星か。二人とも顔真っ赤だし)  お調子者のヒロユキと、真面目で頑固なユウヤ。性格の正反対な二人がなぜ恋仲に至ったのかは知らないけれど、二人が幸せなら何でもいい。  ーーーエリとマサトには言わないから、大丈夫だよ。  静かに慌てる二人の表情が少しほっとしたものに変わって、なんだか微笑ましかった。  今夜は酒の肴に困らなくて助かる、と呑気に思いながら、いつの間にか始まっていたマサトの親バカ話に耳を傾ける。しかし、数分もしないうちにヒロユキの画面から飛び込んできた『ワンッ!』という鳴き声に、全員の意識がそちらへ集まった。 『こら、吠えちゃダメだろ。おはようポポ』  画面いっぱいに、茶色いフワフワの毛玉が広がる。ヒロユキの膝の上で落ち着き、まるで自分も参加者の一人であるかのようにこちらを見るのは、可愛らしい一匹のトイプードルだった。 『きゃあ可愛いー!犬飼ってるの!?』 『今の部屋に引っ越してから飼い始めたんだー。女の子でーす』  大人だけの空間にペットが現れると、その場の空気が一気に柔らかいものになる。それはオンラインでも変わりなく、どうやらご主人の犬として注目されているらしいことに、ポポちゃんは大変ご満悦だった。  ただ、ヒロユキだけが注目を浴びていることに、頭のいいポポちゃんは納得できなかったようだ。膝から下りて、もう一人のご主人のもとへ向かう。  つまり、ヒロユキの向かいに座っているであろうユウヤのところへ向かってしまったのだ。 『!!あ、やめろ、ダメだって…!』  気付いたユウヤが画面外に手を伸ばしている。ポポちゃんが画面に映らないよう必死で止めているのだろう。ところが必死の抵抗も虚しく、チラリと画面の端にフワフワの尻尾が映り込んでしまった。 『あれ、ユウヤくんも何か飼ってるの?猫ちゃん?わんちゃん?』  気付いたマサトが酎ハイの缶を片手に首を傾げる。 『えっ…と、今のは…』  酒の回った頭で必死に言い訳を考えているユウヤを、ヒロユキはポポちゃんを抱えたまま心配そうに見つめている。 (あーこれは……大丈夫かなぁ)  正直なところエリとマサトなら、二人の関係を知ったところで何か言ったりはしないと思うのだが、カミングアウトは二人がしたいと思ったタイミングでするのがベストだろう。  オンラインという物理的に離れた状況で、どうやって助け舟を出すか考えを巡らせていると、俺の背後で玄関の鍵が開くガチャリという音が響いた。 「慎司さーん、ただいまー」  なんてグッドタイミングなんだマイダーリン。  俺が振り向くと同時にリビングの扉が開いて、黒髪にグレーのメッシュが入ったウルフヘアの、一見ホストか何かに見えるような超絶イケメンが入って来る。朝と比べてちょっと前髪が崩れているのもまた最高にセクシーで、とても良い。 「おかえり、(あきら)』  旭はリビングに入ってすぐ、俺がテレビ会議をしていることに気付いて立ち止まった。 「あっ、悪い。邪魔した?」 「大丈夫だよ、学生時代の友達と飲んでるだけだから」  一方、若いイケメンが突然俺の背後に映り込んだことに、画面の向こうは大騒ぎだった。 『えっ何!?誰!?芸能人!?』 『慎司くんの弟……にしては若いよね…?甥っ子とか?』  画面に齧り付くエリ、真剣に頭を悩ませるマサト、そしてヒロユキとユウヤの二人は何か察したようで、二人とも心底びっくりした顔で固まっていた。  友人たちからの指摘に俺は「違う違う」と首を横に振る。 「俺の彼氏。一緒に住んでるんだ」  そう言った途端、エリとマサトも他の二人と同様にピタッと固まる。数回の瞬きの後、みるみるうちに驚愕の表情を浮かべたエリは、驚きなのか興奮なのか、震える手で口を覆っていた。 『えっ……えええええ……!?慎司くんの、彼氏…!?』  旭は驚いている画面の中の友人たちと俺を交互に見て、隣から一緒に画面を覗き込む。 「お友達めっちゃ驚いてるけど。言って良かったの」 「ああ。隠すようなことでもないしな」 「ども、慎司さんの彼氏でーす」  画面に向かってヒラヒラと手を振り、俺の肩を抱き寄せる。それを見て「きゃー!」と叫んだエリの声はどう聞いても楽しんでいるそれで、わかっていたことだが、すんなり受け入れてくれたことに胸を撫で下ろした。 『えっと、アキラくん?すごく若くない?慎司くん犯罪じゃない大丈夫??』 「大学三年の二十一歳なんで、セーフですよ」 『わぁ僕たちより一回りも年下…!?』  マサトも面食らっている様子だが、それは男同士云々というより、俺が一回り年下の旭と交際していることに対してのようだった。  何はともあれ、エリとマサトの関心をこちらに引くことができて良かった。  画面を見ると、先ほどまで慌てていたユウヤの顔は落ち着いたものに戻っている。ところが、ヒロユキのほうはなぜかスッキリしない表情で、ポポちゃんの頭を撫でながら何やら考えている。と思ったら、突然ガタッと立ち上がった。 『あ、のさ。俺も言わなきゃいけないことがあるんだけど』  ポポちゃんを抱えたまま、画面からフレームアウトする。それと同時に、画面から顔を上げたユウヤの顔がぎょっとしたものに変わった。 『え、いや、お前、ちょっと…!?』  止めるのも構わず、なんとヒロユキ自らユウヤの画面に入ってきた。画面から画面へ移動して、まるでマジックを見せられたような顔をしたエリとマサトは『えっ!?』と驚きの声を上げる。 『実は、俺たちも付き合ってるんだ』 『おいヒロユキ…!』 『いいだろ。俺はお前との関係を、隠さなきゃいけないようなやましいもんだとは思ってないよ』  その言葉にユウヤはハッとした後、顔を赤らめ、嬉しいような泣きそうな顔で俯いた。  俺の隣で旭がヒューと口笛を吹く。助け舟を出したつもりだったのだが、とんだ当て馬にされてしまったようだ。  ただの飲み会だったはずなのに、俺たちのカミングアウトを受けることになってしまったエリとマサトは、相当驚いているだろう。少し申し訳なく思いつつ視線を向けると、言葉を失っていたエリが、ボロボロと涙を流し始めた。  思わず「え」と声がこぼれてしまう。 「ど、どうしたのエリ。何かショックだった?」 『違う、違うの……。私、嬉しくて…慎司くんも、ヒロユキもユウヤくんも、私たちにここで話して、くれたことが……う、嬉じぐでっ、ううっ…』 (あー忘れてた。エリは泣き上戸だった……)  目元のメイクが崩れることも構わず泣きまくるエリの様子に、マサトが笑う。 『久々に見たなぁエリの号泣。でも、僕も嬉しいな。友達が幸せそうにしてるの聞くと、やっぱり安心するし。友人として信頼してもらえてるって、思うから』  オンライン通信だから、同じ空間や場所を共有しているわけではないけれど、小さな画面越しでも、マサトが言いたいこともエリが泣いている理由も、ちゃんと伝わって来るように思えた。きっと、ヒロユキとユウヤも同じように感じている。 『それに、今どき恋愛するのに性別も歳も関係ないと思うよ。僕の職場にも何組かいる』 『……マサトの会社は相変わらず進んでるな。Webデザインの会社だったか』  立ち直り会話に戻ってきたユウヤの隣で、ヒロユキは同じ画面から参加することにしたらしい。二人のご主人に挟まれて座るポポちゃんが、今度こそ、最高に得意げな顔で画面に向かって尻尾を振っていた。  画面の向こうが落ち着いて、こっそりと安堵のため息をついた俺の肩を旭がつつく。 「なんか、いい感じに収まったみたいだな」 「みんなの表情がわかりづらい分、ヒヤヒヤしたよ。結果オーライだけど」 「そりゃ良かった。……ところで」  ぐっと耳元に口を寄せてきた旭が、マイクには入らないような小さな声で囁いた。 「……あんた、今日かなり飲んでるな?そんな酔ってるとこ初めて見たんだけど」  痛いところを突かれた俺はぐうの音も出なかった。さすが、俺よりも俺のことをよく見ている。  仕事でも酒は飲むけれど、作業ができなくなるほど飲むことはもちろんない。それに、職業柄そこそこアルコールには強いので、仕事中に酔った姿をアルバイトである旭に見せることはないのだ。  しかし、今日は違った。仕事でもなければ外でもない。自宅という個人的な空間で、馴染みの友達と久々の飲み会で、完全に気が緩んでしまった。  今立ち上がったら、絶対千鳥足になる自信がある。 「俺は先にベッド温めてっから❤︎ごゆっくり‪〜‬」  パッと離れた旭は俺と、画面の向こうにニッコリと笑顔を向けて、脱衣所に消えていった。  うーん、寝室に行くのが怖い。俺が旭の知らない姿を友達に見せていたことが気に入らないのだろう。相変わらずの嫉妬深さ。  ネットワーク技術は目覚ましい発展を遂げて、今や世界のどこにいても他人と繋がることができる。逆に言えば、外と中、他人と自分、パブリックとプライベートの境界が、意識しなければ簡単に消えてなくなってしまう。  誰に自分の何をどこまで見せるのか、見せないのか。自分が誰かの何かを見たときに、理想的な反応を示すことができるかどうか。その鍵を握っているのは、結局、自分の持っている言葉だ。  ありがたい著名人の言葉だとか、小難しい慣用句や学問は、なくてもいい。伝えようとする意思があれば十分達成できる。  画面の向こうがもう少し続きそうな雰囲気を察して、水の入ったペットボトルを開ける。手元のグラスにそのまま注ごうと持ち上げ、少し悩んだ後、やっぱり蓋をして机上に戻し。隣のウイスキーのボトルを開けた。 (END)
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