行きたくない理由

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行きたくない理由

 数日後の昼過ぎのことだ。一方の壁がまるごと窓ガラスになっているこのオフィス、太陽の光が入って来る昼過ぎには眠くなってくる。眠くなっている場合ではないくらい、整理して顧客に納品しなければならない報告書が山のようにあるのだが、体は言うことを聞いてくれない。  レオノーラの集中が切れていることを察知したのか、悪魔の声が飛んできた。 「おはようございまーす」  覚醒した。恐怖のあまり心臓が凄まじく高鳴っている。 「起きてます。起きてますよ」 「へえ。嘘つきの悪い子にはお仕置きが必要かな」 「嘘ついてませんって! 仕事してるから! ほっといて!」 「ま、いいけど。そういえば君、出かける気配ないね。面談はどうなったの?」  おそらく、己の評価に関わるというのは本当なのだろう。エルドレッドにしては珍しくそんなことを聞いて来た。今日のジャケットはグレーだ。午前中に取引先との打ち合わせがあったためか、普段より随分と大人しい。酷い時は左右違う色をしていることもあるくらいなのだ。  レオノーラは苦い顔を隠そうともしなかった。 「ああ……ちょっと面倒なことになってて」 「面倒?」 「この会社の産業医の先生は、本社の方にしか来ないんですって」  きらびやかな高層ビルに入居しているとはいえ、ここはあくまでも支社であって、本社は列車で片道三時間以上かかる大都市にある。 「はあ、それで?」 「だから、診断を受けるために本社に来てくださいって言われたんですよ。でもね、行くとなると、行って帰って六時間になるじゃないですか。当然その時間って」 「勤務時間にはならないよ」  エルドレッドの無慈悲な物言いにも、レオノーラはダメージも受けない。この半年で心臓に毛が生えたらしい。 「でしょ? その日は診断の時間以外向こうで仕事するとしても、いつもより早く起きていつもより遅く家に着くことになるじゃないですか。実質残業でしょ? もう、激務で病んでるのに時間圧迫する方法提案してくるって意味不明で、今からすでに嫌な予感がしてるんですけど」 「それ、本当に本社まで行かなきゃいけないの? オンラインでぱぱっとやっちゃえばいいじゃん」 「そう!」  レオノーラは立ち上がって手をたたいた。初めてこの鬼上司と意見が明確に一致した瞬間だった。
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