行きたくない理由

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「そうなんですよ! こっちは、テレビ会議でいいから、ちょっと話聞いてほしいんです! 仕事の内容話しても問題ない人に! こんな酷い上司がいるんですって! 毎日いじめられて辛いって!」 「ふうん、かわいそうにねえ」 「他人事! あんたの話してんのよ!」  友人や家族にどんなに説明しても、究極のところはわかってもらえないのだ。考えが古い両親からは、何を話しても甘ったれたことを言うなと否定されるばかり。友人は比較的親身になって聞いてくれるが、結局は、有名企業にヘッドハンティングされたんだからいいじゃないかと言われてしまう。中にはレオノーラよりも悪条件で歯を食いしばっている友人もいるのだから、そう思われても仕方がないのは、わかっている。  しかし、そうではない。もし何も解決しなかったとしても、それでもいいから、レオノーラはただ、辛かったね、と言ってくれる人を探しているだけなのだ。  その思いのたけを、ストレスの元凶である上司にぶつけている現状は明らかにおかしいのだが、レオノーラは止まれない。 「テレビ会議でお願いしますって伝えたら、初診でオンラインはちょっと……って言われて、やっぱり本社に呼び出されてるんですよ」 「別に、行ってきてくれるのは構わないけど。ついでにいくつか顧客回りしといて。行き先は前日の午前までにリスト作って、僕にチェック回してね」 「それ言うと思ってた。仕事の量が原因で病んでるのに仕事増えるじゃないですか。絶対に嫌です」 「会社の金使って長距離移動するんだから、利益もたらしてくれないと」 「なんのために行くか本当にわかってくれてます?」 「一人じゃ心細いなら僕もついて行ってあげようか。良い宿とってあげるよ?」 「なんで宿? 断固拒否します」  医者からの反応が悪いのが気がかりではあったが、これはあくまでも自分のための診断のはず、と考えたレオノーラは自らの主張を押し通し、一週間後にテレビ会議で産業医と面談をする約束を取り付けた。  医者の懸念は、レオノーラにもなんとなくわかる。テレビ会議の技術は向上しているとはいえ、面と向かって話すときと比べてわずかにラグがある。表情もわかりにくい。オンラインで初めましてというのは気が引けるのだろう。友人同士のオンライン飲み会とはわけが違う。医学などかじったこともない一般人の想像でしかないが。  しかし、それでも譲れないものはある。面談はしなくてはならない。本社まで行くのは絶対に嫌だ。そして、これはレオノーラのための面談のはずだ。精神的、肉体的負担が少ない方法を希望して良いはずだ。  その思いが、メールでのやりとりから通じたのだと、信じていた。  約束の日の前日、用事が入ったので日程を変更してほしいという連絡が来るまでは。
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