第一話 孤独の球場

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 彼女の整った容姿と、その独特な話し方、抑揚にすっかり飲まれてしまいまともに喋れない。俺は取り敢えず落ち着くために珈琲をひと口飲んだ。珈琲には苦いイメージがあったが、不思議とこの珈琲はそこまで苦くない。それどころか紅茶のように爽やかな風味すら感じた。 「美味しいだろう? 近くの喫茶店のモカ・ブレンドだよ。焙煎が今日だから新鮮なんだ」 「そうですね。これは素晴らしく美味しいですよ。珈琲ってのはもっとこう苦いだけの泥かと思ってましたから」 「はは、珈琲愛好家の私に向かって随分なお言葉じゃないか。まあでも美味しいなら良かったよ少年。体調はどうだい?」  にこにこと笑いながら彼女は頬杖をつき、目を真っ直ぐに見つめてくる。何をそんなに楽しそうに見ることがあるんだろうか。ひとまずはよく分からないがこの女性に従っておくか。 「大分良くなりましたよ、おかげさまで」 「そうかそうか。まあそれなら良かったよ。しばらくゆったりとして行くと良い。それともあんまり遅いのはまずいかな?」  壁にかかった時計を見つけ、その針を読むと時刻は六時二十六分。思ったよりは経っていない。 「いえ、親が帰るの遅いんで。お言葉に甘えてしばらく居させてもらいます」 「うむ」  不可思議な返事をする人だ。
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