第一話 孤独の球場

13/31
前へ
/31ページ
次へ
 公園のベンチには、先客が居た。  伏見文は黒い丸サングラスに白いTシャツ、ブルージーンズに下駄という珍妙な格好をしていた。ベンチの上でいわゆる「不良座り」をし、煙草をぷかぷかとふかしていた。玉のような汗が首元を流れて芝生に吸い込まれていった。 「伏見さん。何してるんですかこの暑い中」  俺が声を掛けると、ぐりんと顔だけこちらにまわし、目を輝かせながらわざとらしい笑顔を作った。なかなかに気持ちが悪い生き物だ。彼女は煙草を隠すように消すと、朗らかに言った。 「やあ!深草少年。君こそ何をしてるんだね、今日は休日だぞ」  何故この人は質問に答えないんだ。蝉の声と熱に脳の回路が焼き切れそうだ。取り敢えず手に持ったスポーツドリンクを喉に流し込み、ひと息ついてから答えた。 「課題の提出をしてきたんですよ。出してなくてこっぴどく怒られてしまって」 「はは、不真面目なんだねえ、意外と。私は浮気調査中さ。あっち側のベンチにいる男の人が見えるかい?」
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加