第一話 孤独の球場

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 彼女は小さく首を動かし、目線で俺に合図をした。このそこそこ広い公園は中心に日の当たる芝生があり、その周りを囲うように木が生えている。そしてその木の影になる位置にぽつぽつとベンチが配置されている。俺と伏見さんの反対側にあるベンチには、くたびれた白いYシャツを首元だけ緩めた中年ほどの男が座っていた。時々きょろきょろと周りを見回したり、隣にある茶色い紙袋を覗いたりしている。 「なんだか怪しい動きですね。誰か待っているんでしょうか」  「うむ。どうやらそんな雰囲気だねえ。依頼主もそれを感じ取って浮気調査を頼んできたんじゃないかな」  なるほど。これはなかなか面白くなってきた。俺の心の下世話な部分が刺激される。いつの間にか、暑さと苛立ちは頭の隅に追いやられていた。 「伏見さん」 「ん?どうしたね薫くん」  この人は俺の呼び方を統一したりしないんだろうか。だがまあ良い。なんだって構わない。 「俺が協力しますよ。この調査、完璧に仕上げてご覧に入れましょう」  この茹だっちまいそうな夏に対抗する唯一の手段を見出した。俺が燃えれば良い。言葉遊びのようにも聞こえるだろうが事実、俺はすっかり暑さを忘れ切っていた。アドレナリンのせいで、頬を流れる汗を感覚が鋭く捉えた。 「おやおや。なんだよ随分やる気だなあ。まあ良い加減私もひとりは飽きてきたところだったんだけど......ううん、まあ良いか。まあそれなら兎に角隣に座りたまえ」  俺は言われるがまま伏見さんの隣に腰を下ろし、スポーツドリンクをひと口飲んだ。伏見さんは話し始める。
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