第一話 孤独の球場

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「おじさんが高校生の頃はなあ、野球玉を汗と土に塗れて追いかけたもんさ。今でもその時の記憶を糧に、辛い仕事に耐えてるんだ。君も今からでも遅くない。部活に入ったらどうだい」  腹立たしい。青春なんてものは人それぞれなんだ。それになんだ、こう言っちゃなんだが青春なんてものはそもそもただのノスタルジーってもんじゃないのか? 散々時間に晒されて風化した、歪んだ思い出を初対面の俺に押し付けるなんて、どれだけ厚かましいんだこの男は。 「はは、そうですね。考えてはおきますよ。時間の無駄だとは思いますがね」  おっと。俺としたことが余計なことを口走ってしまった。まあ良かろう、こういう人間ってのは得てして人の話を聞かないものだ。その輝かしい青春を糧に、若者の無礼に耐えて頂こう。 「最近の若者は軟派になっちまったもんだねえ......」  そんなことを小声で呟きながら、彼はポケットからボロボロになった煙草の箱を引っ張り出すと、その中から一本の煙草を指に摘み口に咥えると、火をつけた。その煙草からくゆる煙が、鼻腔をくすぐった。不意に、彼の吐いたその煙を吸い込んでしまった。ずきん。頭の芯が痛み、荒波の様な勢いで血液が脳を締め付ける。冗談じゃないぞ。一日に二回もこんな痛みに晒されるなんて聞いていない。  頭に数秒ほど、また映像が入り込む。糊の効いた綺麗なスーツを着た若い男がこちらに目だけを向け、ため息を吐く。映像が切り替わる。そこそこ歳のいった女性が、眉間に皺を寄せながら皿を洗い、ため息を吐く。また切り替わる。白いドアを開けると、座っていた高校生程の女の子がこちらにきて開けたドアをバタンと勢い良く閉める。
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