第1話「ピアノマン」

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第1話「ピアノマン」

アミは震えながら、錦を歩いていた。 今日は客が少ないから、ママに客引きに行くように言われたのだ。 もう、3月の半ばだが、夜になるとかなり冷え込む。 同僚のゆきと二人で、通りを歩く人に声をかけて歩く。 「飲みに行きませんか?8,000円で飲み放題です!」 水曜日の錦三は、客足もまばらだった。 それでも、通りのいたるところに、キャッチが立っている。 みな、暇そうにスマホを見たり、キャッチ同士でおしゃべりをしていた。 品のよさそうな中年男が向こうから歩いてくる。 アミはすかさずありったけの笑顔で声をかける。 「もう一軒いかがですか?8,000円で飲み放題です!」 しかし、男はアミを一瞥して、歩く速度も変えずに通り過ぎていった。 今のご時世、キャッチは怖いというイメージもあるのか、話も聞いてもらえないことが多い。 きっと、このまま、寒空の下、1時間ぐらいは立ちんぼだ。 もう少し人通りの多そうな通りへ行こうと角を曲がったところ、いきなり声をかけられた。 「ねえ、君がついてくれるの?」 振り向くと、さっきの品のいい中年男だった。 「え?はい、もちろんです!」 「じゃ、行ってみようかな…。」 アミは、心の中でガッツポーズをした。 『これで暖かい店内に帰れる!』 「ありがとうございます!こちらです。」 アミは男を店へと案内する。 「声をかけられて、びっくりしました。さっきは、無視されたと思っていたので…。」 「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな…。」 男は頭をかく仕草をした。 「いきなり、声をかけられて、反応できなかったんだけど、後から楽しそうだなって、思って…。」 「そうなんですね。うれしいです!」 アミは本心から言っていた。こんな寒い夜に店に来てくれるだけで、神様のように思える。 これが二人の出会いだった。 アミは手首にはめたブレスレットを見つめて呟く。 「やっぱり、ラピスラズリはすごい…。」 アミは、最強の幸運をもたらすと言われる石を今夜はつけていたのだ。
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