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枯れ女。
私は職場でそう呼ばれている。女を捨てているからだそうだ。失礼な話である。別に女を捨てたつもりはないし、枯れているつもりもない。ただ男という生き物に興味が無いだけ。
――茜を愛してる。
田舎から上京して初めて付き合った男は、同じ大学の研究室に通う一つ上の先輩だった。彼は東京生まれのスマートな人で、服装も、食べ物も、言葉一つにしたって洗練された都会の香りがして、田舎者の私はすぐに夢中になった。研究室での呑み会のときに酔った勢いで告白したらあっさりOKしてくれて、その日の内にSEXをした。彼に会える研究室という空間は、無機質な机や本棚しかないのにまるで良い匂いのする花畑みたいで、幸せでしあわせでたまらなかった。
――貴子を愛してる。
ある日そのお花畑な研究室で、彼は貴子という女と抱き合っていた。私に言ったドラマみたいな愛の台詞を、貴子という女にも囁いていたのだ。
――待ってくれ、茜。
――貴子もお前みたいに綺麗で、胸も大きいんだ。
呆れた。それで許して貰えるとでも思ったんだろうか。私と同じように胸のでかい女がいれば浮気をするのも仕方が無いと。
――さようなら。
そのときの私は自分でも驚くくらいに冷静だった。サーモが故障しお湯が一瞬で冷水に戻ってしまったシャワーのように、彼への熱は一気に冷めた。
――茜。
その日は雨が降っていた。私は傘も差さずに歩いて帰った。冷えた頭で考えれば、夢のような研究室は大学を構成する一つの部屋に過ぎなかったし、あれほど夢中になった彼は吐いて捨てるほどいる馬鹿な男の一人でしかなかった。
私は別に枯れたんじゃない。男を見る目が出来ただけなのだ。喜ぶべきことじゃないか。
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