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隔離指定区潜入
わたしはこの日のために、理化学研究所の最先端技術を投入して製造された強化型の〈コクーン〉を着用し、例の呪われた島へ決死の潜入を試みた。
当プロジェクトがいままでなされた類似の試みと異なる点はただひとつ、わたしが生身で――誤解のなきようくり返すけれども、監視ドローンからの鳥瞰映像ではなく等身大の映像で――当自殺行脚をやらかした点にある。
読者諸兄姉も周知の通り、〈感染者〉どもは首までどっぷりと古今東西あらゆる病原体に浸かっており、連中との接触は文字通りの命がけとなる。わたしはあえて彼らとの直接的な濃厚接触を行うことにより、読者に生の臨場感と恐怖、そしてもちろん例の忌まわしき悪習を白日の下にさらすという意図のもと、困難な潜入を敢行したものである。
願わくばこの試みが感情的な批判だけでない、建設的な危機管理意識を改めて国民一般へ周知させる発端とならんことを。
* * *
隔離指定区へいくまでが一苦労だった。
セスナのパイロットはいくら円を積んでも着陸を嫌がったので、やむなく高度5,000メートル上空からのパラシュート降下と相成った。20キロをゆうに超える強化型〈コクーン〉は小型コンテナに詰めて先行投下し、それを追うような格好で疫病島へ向かってダイヴした。
一瞬とも永遠とも思える降下のあと、自動的にパラシュートが展開。スラスターが指定座標にどんぴしゃりで着地できるよう、水素燃料を消費して微調整をくり返していたのが、妙に印象に残った。
着地は予想していたような両足骨折必至の衝撃的なものではなく、羽毛の大地に下りたがごとくだった。いまや眠っていても空挺部隊が務まる時代なのだ。骨折はおろか打撲傷ひとつできなかった。
着地と同時に慌てて先に投下されていたコンテナに駆け寄り、コードを入力して外装をパージ、震える手でなんとか起動番号を入力できた。〈コクーン〉はいったん自立してから腰の部分が後ろへスライドし、待機状態へ移行した。合成音声のアナウンスが響く。「フォーマットが完了しました。搭乗者はマニュアルにしたがって着用してください。音声ガイダンスによるマニュアルをご希望の場合は――」
ご希望ではなかったので、するりと足を滑り込ませた。アナウンスが中断され、まずは下半身の着装が自動で始まる。身をかがめ、上下を連結している可動部が伸長して覆いかぶさってくるのに備えた。視界が遮られて暗転し、これにて病原体のいち細胞、いちDNA断片すら寄せつけない完全密封空間のなかに逃げ込めたわけだ。意図せず安堵のため息が漏れる。
ヴァイザの光度を調節し、視界をクリア。眼前に30年以上も前に隔離指定された都市が蜃気楼のように浮かび上がる。
思わず身震いした。これはオンライン上の光景ではない。正真正銘、自分自身の視点なのだ。
わたしはこうして忌まわしき隔離指定区に降り立ったのである。
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